イヤな話

#117 やさしすぎるブラック企業

「世界で一番やさしいブラック企業、か……」ユウマはスマホの画面を見つめながら呟いた。求人サイトで偶然見つけたその会社の募集要項には、こう書かれていた。・未経験歓迎! 学歴不問! やさしく指導します!・24時間365日勤務可能な方歓迎!・休日...
ちいさな物語

#116 開けてはいけない

「古い家なので、あまりそこら中あけたてしない方がいいですよ」不動産屋は鍵を渡すとき、なんだか歯切れの悪い言い方で忠告してきた。古い平屋の一軒家。築100年以上という、味のある古民家だ。確かに派手にいじりまわすと普請が必要になるかもしれない。...
ちいさな物語

#115 ダンジョン・エスコートサービス

「いらっしゃいませ、本日は『ダンジョン・エスコートサービス』をご利用いただき、誠にありがとうございます」赤い口紅が映える艶やかな微笑みを浮かべ、案内人の女性が客人を迎えた。彼女の名はレイナ。かつては名の知れた魔法剣士だったが、現在はこの「ダ...
SF

#114 星のさざ波

――宇宙の果てには、奇妙なものが転がっている。銀河系を越え、まだ名もついていない星雲を渡り歩く旅商人ルカには、そう確信する理由があった。彼の相棒は陽気なアンドロイド、アーロ。表情こそ微妙にぎこちないが、ジョークのタイミングは抜群で、冷めきっ...
ちいさな物語

#113 満月の神渡し

昔々のとある山深い村の話だ。この村には、古くからの掟があった。「満月の夜、決して外へ出てはならぬ」子どもも大人も、この掟を守るのが当たり前だった。理由を尋ねると、年寄りたちは口を揃えて言った。「その夜は神が通る。もし鉢合わせすれば、二度と戻...
ちいさな物語

#112 宙を泳ぐ魚

古びた食堂のカウンターに座り、俺は旬の焼き魚定食を前にした。魚の種類が季節によって変わる人気の定食だ。脂ののった焼き魚が湯気を立て、芳ばしい香りを漂わせている。箸を持ち、ふっくらしたその身をほぐそうとした、その瞬間だった。魚の体が微かに震え...
ちいさな物語

#111 致命的なタイプミス

「このキーボードは、打った言葉を現実にする」店主にそう言われて、俺は半信半疑でその黒いキーボードをながめる。古道具屋にキーボードというのがめずらしくて、俺はそれを手に取っていた。どこにでもある普通のキーボードと変わらない。ただ、モニターにつ...
ちいさな物語

#110 回る歯車

俺の仕事は単純だった。作業場に入る。機械の前に立つ。決められたタイミングでレバーを引く。それだけだ。俺が引くレバーに連動して、巨大な歯車がゆっくりと回り始める。最初は重たそうに軋むが、やがて安定し、規則正しいリズムを刻む。そして俺は決められ...
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#109 終演後の笑い声

売れない芸人の吉村は、漫才師として最後のチャンスを掴もうと、地方の古い劇場にやってきた。その劇場は「必ず笑いが取れる」というジンクスで知られていたが、どこか陰気な雰囲気が漂っていた。「どんなネタでも笑いが起こるなんて、ウソだろ」相方の健太が...
ちいさな物語

#108 屋上は海の底

「屋上は海の底だよ」 彼女がそう言ったとき、僕は初めて自分の足元に意識を向けた。空に一番近いはずの場所で、足下に波打つ海の気配を感じるというのは、どこか奇妙な感じがした。僕の住むマンションには、奇妙な噂がある。『深夜0時を過ぎた頃、屋上に行...