不思議な話

ちいさな物語

#527 喫茶メルヘン堂

駅前の大型ショッピングモールから少し離れた路地に、「喫茶メルヘン堂」という店がある。昭和のまま時間が止まったような喫茶店で、看板は色あせ、ドアはきしみ、テーブルは小さくて、椅子は座るたびにミシッと悲鳴をあげる。初めてその店を見かけたとき僕は...
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#520 祝祭のティールーム

そのティールームに入ったのは偶然でした。会社帰り、雨に追われるようにして駅前の裏道へ入り、古いレンガの隙間から漏れる明かりに引き寄せられたんです。木製の小さな看板には「景色が見えるお茶のお店」と書かれていました。その意味がわからないまま扉を...
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#518 浮かんだ数字

いや、これは本当にあった話なんだ。冗談に聞こえるかもしれないけれど、今でも思い出すと背筋が冷える。最初にそれに気づいたのは、会社帰りのコンビニ前だった。コンビニから出てくる人の頭の上に、数字が浮かんでいたんだよ。薄く揺れる赤い光の「23」と...
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#517 黄金の配合

古い家を相続したのは三か月前だった。祖母の家で、子供のころに何度も遊びに来ていたはずなのに、妙に記憶と違っていた。思っていたより大きくない。天井が低い。台所の窓から見える庭も小さく見えた。要するに自分の体の方が大きくなったのだ。祖母とは電話...
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#516 止まった街と時計店

タクマがその店の前を通りかかったのは、深夜一時をすぎた頃だった。飲み会の後、終電を逃し、歩き疲れて、とりあえず足を休めようとしたときだ。ふと視界の端で、時計店のショーウィンドウが光った。正確には、光っている気がした。実際にはネオンサインがぼ...
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#514 午後三時のカラスたち

午後三時、町のスピーカーがいつものチャイムを鳴らすと、カラスたちが電線から一斉に飛びおりた。彼らは咳払いをして、黒い嘴をそろえて前へならえをした。そして音もなく行進を始めた。誰も理由を知らなかったが、誰もがぼんやりとそれを眺めていた。人々は...
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#512 うさぎ道の迷い子

村の外れに「うさぎ道」と呼ばれる地下通路があってね、昔から大人たちは「あそこには入るな」と言っていたんだよ。土の匂いがして、ひんやりとした風が流れていてね、子どもにはたまらない秘密の場所だったんだ。その日もカズと仲間たちは探検に出ていた。と...
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#509 鏡の裏の王国

朝起きて、顔を洗おうとしたら、鏡の中に街が映っていた。最初は、まだ寝ぼけているんだろうと思って、たいして気に留めなかった。だが、しばらく経ってからまた見てみると、そこにまだ街がある。小さな家々が立ち並び、塔のような建物の上で風車が回っている...
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#504 時計屋敷の夢

朝、目覚ましの音で目を覚ました。……はずだった。枕元でベルが鳴っている。だが、体が動かない。目を開けると、見慣れたはずの天井がどこか違う。薄暗い部屋。天井には煤けた模様。布団の下の感触は硬い。ベッドじゃない。古い木の寝台だった。「……夢?」...
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#503 途切れた日

その朝は、特に変わったことなんてなかった。いつも通り、7時にアラームを止め、トーストを焦がし、ニュースアプリを開きながらコーヒーをすする。ただ一つだけ違っていたのは、繁忙期のための十連勤で体がぐだぐだになっていることと、Wi-Fiの電波がや...