#604 追いかけてくる未読通知

ちいさな物語

ねえ、ちょっとおかしなアプリを見つけた話を聞いてくれる?

議事録をまとめたり、自動でTo doリストを作成したり、タスクを優先順位で並べ替えたり……そんな仕事効率化系のアプリを探すのが私の趣味だったんだ。

仕事を効率化したいのか、アプリを使ってみたいのか、わからなくなるくらいに、いろいろインストールしていた。

それで先日、「リマインド・ライフ」っていう、未読の通知をひたすら追いかけてくれるアプリを見つけたんだ。

最初は便利そうだと思ったんだよ、メールの返信忘れとか、見逃してたタスクとかを気づかせてくれるからね。

でも、そのアプリには「未読通知(日常)」っていう、ちょっと変わった設定項目があったんだ。

説明書きには「あなたが認識していながら放置した事象を通知します」なんて、ちょっとふわっとしたことが書かれていて、具体的に何をしてくれるのかよくわからなかった。

面白半分でそのスイッチをオンにしてみたのが、すべての始まりだったんだ。

最初に通知が来たのは、会社のトイレに入っている時だった。

ヴヴッとスマホがふるえて「トイレットペーパーが切れました」って表示されたんだよ。

確かに、私が座った時にはもううっすら芯が見えていて嫌な予感はしたんだけど、あと5センチくらい芯にくっついてるし、使い切ったわけじゃないよねって、そのままにして出ようとしたんだ。

こんなの誰かが替えるだろうってみんな思うでしょ?

でも、個室を出た瞬間にまた通知が来た。

「未読(日常):トイレットペーパーが切れました」

私は辺りを見渡した。もちろん誰もいない。

なんだか急に後ろめたくなって、私は棚から新しいペーパーを取り出して、ホルダーにセットしたんだ。

するとスマホからその未読通知が消えた。

それからは、もうこんなことの連続だった。

オフィスに戻れば、「未読(日常):コピー機の用紙切れエラーを無視しました」という通知が飛んでくる。

ピーピー鳴っているのを背中で聞きながら、自分の席に戻ろうとしたんだけど、忙しかったらそういうことってよくあるでしょ?

シュレッダーのゴミが満杯で、センサーが赤く光っているのに気づかないふりをした時も、容赦なくスマホがふるえた。

「未読(日常):シュレッダー満杯のセンサーを無視」

私はため息をつきながら、シュレッダーの引き出しを抜いて、大きなゴミ袋を広げる羽目になったよ。

その時はまだ、ちょっとお節介なモードなんだな、くらいにしか思っていなかった。よく考えたら、すでにこのとき、私はちょっとおかしくなってたんだと思うよ。

だって、うっとおしいなら、その「未読通知(日常)」のモードをオフにしちゃえば、よかったんだから。

通知の内容は次第に細かなものに及び始めた。

帰りの電車の中で、隣に座っていたおばあさんが重そうな荷物を持っていたんだけど、私はスマホを見て気づかないふりをしたんだ。

するとヴヴッとスマホがふるえて「未読(日常):席が必要な人を無視」って表示された。

慌てて立ち上がって席を譲ると、スマホのバイブレーションがようやく静まった。

家に帰る道すがら、街灯の下に落ちていた空き缶を横目で見た時もそう。

「未読(日常):落ちているゴミを無視」

私はわざわざ数メートル戻って、そのベタつく空き缶を拾ってゴミ箱に入れた。

いよいよおかしい、と思い始めたのはその日の夜のことだよ。

部屋で一人、お気に入りのスキンケアをしてリラックスしようとしたんだけど、通知が止まらないんだ。

「未読(日常):冷蔵庫の奥に小松菜が残っています」

「未読(日常):排水溝にゴミが溜まっています」

「未読(日常):一週間前に届いた、実家の母親からのたわいもないLINEを無視しています」

スマホが、私の人生のあらゆる「放置」をリストアップして、次から次へと突きつけてくる。

私はパニックになって、ようやくアプリをアンインストールすることに思い至った。でも、アイコンを長押ししても、削除のバツ印が出てこないんだよ。

それどころか、通知はさらに加速して、もはや何を要求しているのか意味不明になっていった。

「未読(日常):窓ガラスにぶつかって死んだ羽虫の死骸」

「未読(日常):棚の裏側に積もった、目に見えないほど微細な埃の層」

「未読(日常):あなたが昨日、一瞬だけ抱いた、同僚への小さな殺意」

もう、スマホの画面を見るのが怖くて、私はデバイスを枕の下に放り込んだ。

それでも、通知の振動は枕を通して、私の頭蓋骨に直接響いてくる。

「未読」「未読」「未読」「未読」「未読」

世界は、私が思っていたよりもずっと、多くの「見て見ぬふり」で構成されているみたいだね。

でも見て見ぬふりって生きていくうえで必要な場合もあるでしょ?

私は一晩中、スマホから突きつけられる「人生の未読リスト」を処理するために、家の中を這いずり回った。

窓を拭き、排水溝を掃除し、母親に電話をかけ、埃を払い、冷蔵庫の中の古い野菜を捨てた。

朝が来る頃には、家の中はピカピカになっていた。

でも、私の心は、通知に追い立てられてボロボロだった。

朝日が昇るのを見ながら、ようやく静かになったスマホを手に取った。画面には、たった一つの通知だけが残っていた。

「未読(日常):なし」

私は安堵して、そのまま畳の上に倒れ込んだ。

でも、その瞬間、視界の端に何かが映ったんだ。

畳の目の間に、本当に小さな、針の先ほどの黒い糸くずが見えた。部屋中掃除したんだからこれくらい別に……。

ヴヴッとスマホがふるえる。画面を見なくてもわかったよ。私はまた「無視」してしまったんだよね。

それ以来、私はスマホを手放すことができなくなってしまった。

今もこうして君と話している間も、ポケットの中はずっとふるえ続けている。

きみの肩にゴミがついていることを、私はさっき気づいてしまったし。

それを指摘すべきか、それとも「見て見ぬふり」を続けるべきか。

スマホは、私が決断を下すまで、ずっと私を許してはくれないんだよ。

え? 病院に行けって?

そうだね、病気になったのかもしれないよ。このアプリのせいでね。

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