「好き」
高校二年の秋。放課後の教室で、幼馴染の七瀬が突然そう言った。
反射的に後ろを見た。誰もいない。
いや待て。
こういう時って大抵、どこかに友だちが隠れているんだよ。スマホで撮影していて、俺が調子に乗った途端に「うぇーい!」って出てくるてはずになっている。
俺は掃除用ロッカーを勢いよく開けた。自在ほうきが倒れてきて頭を打った。
新しいな。ほうきに攻撃させるトラップか。
――で、カメラはどこだ?
きょろきょろと辺りを見渡している俺を七瀬は不思議そうな顔をして見ていた。
「さっきから何やってるの? 人の話聞いてる?」
「いや、カメラを探している」
「カメラ? 落としたの?」
「俺のじゃない。仕掛けられてるんだろ?」
七瀬は困惑の表情を浮かべた。
「だから! これ罰ゲームなんだろ?」
自慢じゃないが俺はモテない。小中学校時代、一切モテなかった。そしてこれからもモテない。
保育園の頃から、家の近い七瀬だけは仲良くしてくれた。それこそ、幼児期は「ななちゃんとけっこんする」とか、頭の中にたんぽぽが詰まってるような発言をしていたものだ。
しかし、成長するにつけ七瀬は誰にでもやさしく接することに気付き、七瀬が異性同性問わずケタ違いにモテることに気付き、ようやく俺は勘違いを脱することができたのだ。
それなのに――
「罰ゲームって……」
七瀬は固まっている。
「いや、俺だぞ? 罰ゲームなんだろ? 今なら許してやるから答えろ」
七瀬は少し考えてから、「さあね」とそっけなく言って、教室から出て行ってしまった。
完全に黒。絶対なんかある。
俺はこれまで以上に慎重に生活することに決めた。誰かに「からかったら面白そう」という視点でロックオンされている可能性がある。
学校一のイケメンの早川か、それともお調子者の蒼井か、女子のリーダー格の山岸か。いやいや、不良の坂口かもしれない。
モテない陰キャ男は油断すると酷い目に遭うのだ。残念ながら。
翌日、七瀬は何事もなかったかのように話しかけてきた。
「おはよ」
「うわっ」
「何?」
「カメラどこ?」
「――まだ言ってるの。そんなのないよ」
絶対ある。俺は目をすがめて七瀬を見た。
「何なの。もう」
ふっと目をそらす。やはりやましいことがあるのだ。
俺は昼休み、教室の観葉植物の葉の裏まで調べたが、カメラはなかった。でも最近のカメラって小さいからな。米粒くらいだろう。
すると七瀬が弁当を持ってやってきた。
「一緒に食べる?」
「その中の米にカメラが?」
「まだそれ言ってるの?」
「じゃあ何が目的なんだ!」
七瀬は呆れた顔をした。
「目的は――昨日言ったじゃん」
疑惑は深まるばかりだった。
放課後、一緒に帰ろうとする。
体育祭で応援に来る。
風邪ひいて休んだらプリント届けに来る。
なんだこれ。
罰ゲームにしては長期企画すぎる。テレビならスポンサーついてる。
俺は親友の佐々木に相談した。ちなみに俺は友達も少なくて、佐々木と小泉の二人しかいない。佐々木は普通だが、小泉は俺よりも陰キャを極めていて、なかなか出没しない。いつも何かの陰に隠れて移動している。
「どう思う?」
「普通に好かれてるんじゃね?」
「そうじゃなくて、カメラが隠されてる場所の話だよ」
「それ、絶対確定なんだ……」
「俺だぞ? すごい罰ゲームに決まってるだろ」
佐々木はしばらく黙ったあと、「俺がお前の立場だったら、騙されてるかもなって思っても騙されてあげるかな。七瀬さん、美人だし」と言った。
佐々木はダメだ。まったくわかっていない。彼女がいたことがあるやつでは話にならない。
小泉がいたら、小泉に相談するのに。
俺は暗がりに目を凝らしたが、小泉の姿を見つけることはできなかった。もしかして小泉は教室の壁にある黒い染みになってしまったのかと、こすってみたが、それは本当にただの染みだった。
そんな日々が続き、季節は冬になる。
そして、クリスマスシーズン。七瀬からメッセージが来た。
『明日ひま?』
怖い。絶対なんかたくらんでいる。
だが、俺はここで佐々木が「騙されてあげる」と言っていたことを思い出していた。
もしかしたらこれで敵の尻尾をつかめるかもしれない。敵の正体が分からない状態は非常に不利だ。だから今回は誘いに乗ってやることにしよう。
待ち合わせ場所には七瀬がいた。普通にかわいい格好して。
「手が込んでいるな」
「えっ」
七瀬はなぜかうれしそうな顔をして、髪を触っている。そういえばいつもと髪型が違うような気がしなくもない。
「ちょっとね、時間かかったんだよ」
やはり何かを仕掛けるつもりだな。俺は慎重に辺りを見渡した。時間をかけて何を仕込んだんだ?
映画を見て、ケーキを食べた。何も起きない。
「もしかしてカメラじゃなくて、録音?」
「それ、まだ言ってるの?」
七瀬が急に立ち止まった。
「あのさぁ、返事とかっていつもらえるのかな」
「何の?」
「いや、だからさ――」
七瀬はもじもじしながら黙り込む。そして小さなため息をついた。
「うん……もういいや。じゃあね」
クリスマスはそれだけだった。
冬休みが明け、佐々木には新しい彼女ができていた。小泉の姿は見えない。
「どうだった? クリスマスとか何かあった?」
佐々木はなぜかうれしそうに俺をこづいてくる。
「いや、仕掛けられたカメラも録音機材も見つけられなかった。黒幕の正体もわからないままだ」
佐々木はあんぐりと口をあけている。アホ面だ。
「お、まずいぞ」
俺はサッと街路樹の陰に身をひそめた。七瀬の声が聞こえたのだ。しかし、その暗がりには先客――小泉がいた。
「久しぶり」
「お、おう」
七瀬とその友だちは俺と小泉には気付かない。
「佐々木くん、おはよう」
佐々木だけが認識された。
七瀬の友だちが口を開く。
「ねー、結局どうなったの?」
すると七瀬は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。
「無理だった。警戒心が野生動物。ずっとカメラが仕掛けられてるって言ってた」
「それ、病気じゃないの?」
「かもね。でも、もういいんだ。諦めた」
七瀬はまぶしいくらいの明るさで笑っていた。
「諦めたって……保育園の頃からずっと好きだったって言ってたじゃない。何がいいのか全然わかんないけど」
「そうだね。何がよかったんだろう」
七瀬たちは笑いながら去っていった。
俺は小泉と暗がりを奪い合うような状態でそこにとどまっていた。
「あーあ。もったいな」
佐々木が聞こえよがしに大声で言う。
あれ。もしかして俺。
人生最大のチャンス、疑い続けて終わったのか?


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