#227 うちの神様が一番かわいい

ちいさな物語

大学の夏休み、久しぶりに実家の神社へ帰省した。

「おかえり、悠斗」

母が穏やかな笑顔で迎えてくれる。境内の掃除や参拝客の対応に追われる両親の姿は昔と変わらない。

しかし、ひとつだけ僕が知らなかったことがあった。それは、うちで祀っている神様についてだ。

その日の夜、境内をぶらついていると、社殿の奥でかすかな物音がした。

「なんだ?」

そっと近づき扉を開けると、小さな何かが祭壇の上をちょこちょこと歩いている。

(ネズミ? いや、違うな……)

目を凝らすと、それは小さな女の子の姿だった。身長はせいぜい十五センチほど。白い着物に赤い袴姿で、小さな手には竹箒を持っている。

「あ、見つかっちゃった」

女の子はびっくりした顔で僕を見上げた。

「え、え? うそ? 君は……?」

「我はここの神様じゃ。おぬしは神主の息子じゃな?」

その口調は妙に尊大だが、幼い姿のせいでまったく威厳がない。

「え、本当に神様? 小さすぎない?」

「うむ、昔はもう少し大きかったのだが、信仰が薄れたせいで縮んでしまってな」

彼女はちょっとしょんぼりした顔で言った。

「でも、かわいいな……」

つい口にすると、神様は顔を赤らめて怒った。

「失敬な! 仮にも神に向かってかわいいとは!」

でも、その怒り方も可愛らしかった。

翌朝、両親にその話をすると、あっさりと認めた。

「あら、あの子に会ったの? 最近よく境内をうろうろしてるわよ」

母は楽しそうに笑い、父も頷く。

「あの神様は縁結びと家内安全を司るが、姿が小さいせいか最近はマスコット的な扱いになってるんだ」

翌日から、僕は神社の手伝いをする傍ら、神様と話をする時間が増えた。

「神様って、どんな力があるの?」

「えーと……実はあまり自信がないのじゃ。最近は願いを叶えるのも一苦労でな」

ちょっと申し訳なさそうに俯く姿がまた可愛い。

ある日、参拝客の若い女性が真剣に縁結びの祈願をしているのを見た。

「今日のお客さんの願い、叶うといいな」

僕がそっと言うと、神様は大きく頷いた。

「人の願いが叶えば、人の信仰が集まり、わしの力も戻るかもしれん」

そんな日々が続いたある日、祭りの準備中に事件が起きた。

境内の灯籠が倒れ、小さな祠が壊れてしまったのだ。その祠の横の柱も倒れてしまい、神様の住む社殿も危険な状態だった。

「あの社殿が壊れたら、わしはもう消えてしまうかもしれん」

神様は震えながら言った。

「大丈夫、そんなことで消えないよ。すぐに修理するから、心配しないで」

僕は必死に修理作業を始めた。だが、人手も時間も足りない。その時、思いもよらないことが起きた。氏子たちが、偶然その様子を見かけて駆け寄ってきたのだ。

「手伝います!」

あっという間に大勢の人が集まり、修理は順調に進んだ。壊れた祠も、倒れた柱も応急処置をして、その場にいた工務店の人がすぐに修理見積もりを出してくれた。

作業を終えた後、人々は口々に言う。

「この神社の神様、最近ご利益がすごいんですよね」

「私、ここで縁結びの願いが叶いました!」

その夜、社殿の中で神様は驚くほど明るい笑顔を見せてくれた。

「人々の願いが叶って、力が戻ってきたようじゃ。いや、今日気づいたのだが、願いを叶えたからというより、氏子たちの笑顔がわしの力の源のようなのじゃ」

その姿はほんの少し大きくなったように見えたが、それでもまだ手のひらサイズだった。

「やっぱりまだ小さいな」

僕がからかうと、神様は頬を膨らませて怒った。

「うるさい! 今に元の大きさに戻ってやるわい!」

夏休みの終わりが近づき、僕は神社を離れる日が来た。出発の朝、社殿の前で神様に挨拶をした。

「また帰ってくるよ」

神様は少し寂しそうな顔で言った。

「うむ。わしを忘れるでないぞ」

「実家だし。忘れようがないよ」

僕は神様の目の前でお守りを振って見せた。どうやらご利益がすごいらしいので、お守りは肌身離さず持っておこう。

大学生活に戻ってからも時々神様のことを思い出したが、忙しさの中で夏の出来事の記憶は少しずつ薄らいでいった。

そして冬休みになり、再び実家に帰った時だった。境内を歩いていると、後ろから懐かしい声が聞こえた。

「悠斗!」

振り返ると、そこには僕と同じ背丈ほどの美しい少女が立っていた。

「え……?」

「わしじゃ。どうじゃ、驚いたか?」

その姿に驚きつつも、僕は笑った。

「信仰が戻って、力が戻ったんだね」

彼女は満面の笑みで頷いた。

「これでおぬしもわしをかわいいとは言えまい」

「いや、今もかわいいよ」

僕が茶化すと、神様は再び顔を赤くした。神様の姿が見える人はほとんどいないようだが、神様が大きくなると神社の評判はさらに高まる。参拝客も増え続けた。でも、僕にとっては今でも手乗りサイズの神様が一番可愛かったように思う。

不思議な縁で繋がった僕と神様の交流は、その後もずっと続いていった。

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