#268 バカ発見装置

ちいさな物語

「あなたは、バカです」

街中に置かれた奇妙な機械が、無情な声でそう告げた。

それはある日突然、世界各地に現れた『バカ発見装置』だった。

使い方は単純だ。装置に手をかざすだけで、その人が『バカ』か『無知』か判定される。

最初は誰もが冗談半分だった。

人々は笑いながら列を作り、装置を試した。しかし次第に、その笑顔は消えた。

「私は医者だぞ! バカなはずがない!」

顔を赤くした男性医師が怒鳴り散らす。

「おかしいわ。私は学年一位なのに!」

泣き出す高校生も現れた。

装置が判定する「バカ」の定義は、「自分の能力を過大評価し、無知である自覚すらない人」と書かれている。

一方「無知」の定義は、「自分の知識不足を認めており、常に成長の可能性を秘めた人」と、少し哲学的で、「バカ」よりは少しマシなことが書かれていた。

判定結果は、事前に登録されたSNSアカウントで自動的に投稿され、「バカ」の烙印を押された人々は一気に社会的信用を失った。

一方、「無知」の人々は「バカ」の人ほどダメージは受けなかった。

「バカは排除されるべきだ!」と無知派は声を上げる。

バカ派は怒り狂い、「こんな装置はインチキだ!」と反発した。

社会は急速に二分化され、各地で争いが頻発した。

そんな中、一人の男がバカ判定を受け、怒りに任せて装置を破壊した。

すると内部から、驚くべき仕組みが露わになった。

装置には人間の認知力や謙虚さを計るような高度なAIなど入っておらず、ただランダムに「バカ」か「無知」を表示する単純な回路しかなかったのだ。

それを知った人々は大混乱に陥った。

「判定はでたらめだったのか!」

――だが、奇妙なことに、人々はそれを信じようとしなかった。

バカ判定された人々は「一連の出来事すべてが世界を二分する陰謀だ」と騒ぎ、無知判定された人々は「機械は壊される前にすり替えられただけ」と訴えた。

装置を設置したとされる謎の企業は声明を出した。

「これは社会実験です。実験の結果、人間がいかに自分の能力を過大評価し、不都合な真実から目を背けるかが明らかになりました」

一連の出来事に翻弄された人々は、このなんともいえない居心地の悪さをどう受けとめたらいいのか分からず、一様に口を閉ざした。

しばらくすると、街から装置は撤去されたが、人々の心には深い傷跡が残った。

やがて、不思議と人々は謙虚に振る舞うようになった。何か大きく心を乱されるようなことがあっても「これも社会実験ではないか?」と、一旦落ち着いて、周りをよく観察する。

奇しくも非常識な社会実験により、人々は冷静さを手に入れることとなったのだった。

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