#467 異世界転移! 防災リュックの中身がチート級で楽勝?

ちいさな物語

会社の防災訓練。たったそれだけのはずだった。

なのに、今俺は剣を握りしめ、火を吐くトカゲみたいな魔物に囲まれている。

——なぜこうなったのか。話せば長い。

その朝、課長が妙に面倒くさそうに言った。

「今日、防災訓練。各部署から一名ずつ参加……だそうだが」

瞬間、オフィス全体が沈黙。

みんなモニターに視線を落とし、空気になろうとする。俺ももちろん課長と目を合わさないように、スクリーンセーバーがうごめくモニターに目を落としていたのだが、運命の神は残酷だ。

「……相沢! お前、若いし体力あるだろ!」

こういう時、圧倒的に不利なのが「若手枠」だ。

しぶしぶ屋上へ行くと、すでに数名が集まっていた。総務の田島さん(真面目そうな眼鏡女子)、営業の佐久間(筋肉が喋ってるような男)、経理の山下(陰キャ、でもIQ高そう)。なんという偏ったキャラ編成。

全員避難用の防災グッズが詰まったクソ重いリュックを背負わされ、不備がないか点検するために持ち出した防災用の道具類まで持たされている。

「今日って、何やるんですか?」

「避難経路確認とか? 消火器とか触ったり?」

「午後から消防署の人が来るって」

「午後までやるのかよ」

「早く帰りたい」

そんな初々しい他部署の交流の空気の中、課長が言った。

「よし、訓練開始。まずは屋上で——」

その瞬間だった。

——ゴオオオオオオッ!!

突風が吹き荒れ、空が歪んだ。足元の床が崩れるような感覚。次の瞬間、俺たちは全員、謎の大風に飲み込まれていた。

「うわあああっ!」

「佐久間さん! スカートの中見ないで!」

「え? み、見てねぇよ! 全然。黒いパンツなんて見てねぇから!」

「これ、風速どれくらい?」

「山下、お前冷静すぎないか?」

気づけば、森の中にいた。

空気は湿っていて、見たこともない木々は紫がかっている。空を見上げると、太陽が二つ。時折、遠くから聞いたこともない動物の雄叫びが聞こえる。

これが噂の異世界転生? たぶん、死んではいないけど。

「……これって、異世界に転移してしまったときに避難するための訓練?」

「そんなわけないですよね」

田島さんが冷静にツッコミを入れる。

すると山下がスマホを取り出した。圏外のはずなのに、なぜかラジオアプリが自動で起動。ノイズの中から、声が聞こえた。

『……勇者タチヨ……魔王ヲ討チ……会社ヲ守レ……』

「……会社!?」

「会社、守るの?」

「なんでだよ。帰りてぇよ」

「この状況、どこから突っ込めば!?」

そのとき、俺の背中の防災リュックが光った。

中を開けると、懐中電灯が「光の杖」に、携帯浄水器が「聖なる水精装置」に、非常食クラッカーが「回復アイテム」に変化していた。

田島さんのスマホも輝いていた。

「え……私のスマホ、魔力残量とか出てますけど?」

「魔力……誰の? なんのために?」

「スマホ使えるのがそもそも変なんだよ」

佐久間は腕をぶんぶん回しながら叫ぶ。

「筋肉が燃えてきたああああ!!」

「うるさい! 筋肉!!」

いろいろツッコミどころが多くて困惑したが、その日から俺たちは、「異世界社畜部」として旅立った。

不思議なことに、すべての防災グッズはチートアイテム化していた。

カッターは魔物を一刀両断する「聖断の刃」。救急ポーチは「完全回復ポーション」がぎっしり。そして、会社支給の組立式簡易トイレはなぜか「ポータルゲート」になった。

「もっと倉庫の防災グッズいろいろ持ってきたらよかったですね」

「これでも結構持ってきた方でしょ」

山下はノートPCを取り出し、「戦略会議を始めます」と言い出す。どこから電源取ってるのか聞いたら、手回し発電機を魔改造し、蓄電池にガンガン蓄電していた。チートにもほどがあるだろ。

「ちょっと俺のスマホも充電させて」

田島さんはクラッカーを頬張りながら微笑む。

「保存食なのに……おいしい。魔力回復するし」

だから、その魔力ってなんなんだよ。

異世界だから会議中もおかまいなしにモンスターが飛び出してくる。佐久間はチートなしの筋肉で敵を殴り倒していた。

「筋肉は最強の防災グッズだッ!」

……もう面倒くさいので何も言うまい。

そんなこんなで、気づけば、俺たちはこの異世界で「四勇士」と呼ばれるようになっていた。防災グッズのチートでガンガン名を上げたのだ。

そしてとうとう、魔王の城へ辿り着いた。ポータルゲートを使ったらめっちゃ早かった。RPGゲームだったら10イベントくらいすっ飛ばしたかもしれない。

黒い塔が暗雲を貫き、周りに稲妻が走り回っている。どうしてこういうとこって、常に天気が悪いんだ?

玉座には、見るからに強そうな魔王。

「人間ども……我が城に何の用だ」

俺はラジオを掲げた。

『……魔王ヲ討テ……会社ヲ守レ……』

「はい。要するに社命で来ました」

魔王が一瞬、沈黙した。

そして——。

「なるほど。貴様ら、組織の犬か」

「社畜って言うなぁああー」

「いや、誰も言ってない」

騒ぐ俺たちを冷静に見渡し、魔王は重々しく立ち上がる。

「組織の和を守るとはなかなか良い心がけではないか。どうだ。わしと手を組めば世界の半分をくれてやろう」

「半分? 具体的には? 不凍港があり、農業に適した温暖な土地はもちろんその半分に含まれますよね?」

経理の山下、やたらと細かい。いやいや、話に乗るんかい。

「ふむ。アホな人間どもにしては慎重……」

魔王は感心したように頷いている。魔王っていうと、だーっと襲いかかってくるモンスターの親玉みたいなのを想像していたが、わりと思慮深いのか。

「山下さん、魔王の甘言に乗せられてはダメです」

田島さんが口を挟む。

「のせられませんよ。ただ、あんまりにもガバガバの契約を持ちかけられたんで、詳細を詰めたくなっただけです」

「おらぁ! 早くやるぞ! 俺は帰りたいんだよ」

佐久間は暴れている。

「なるほどな。お前らの持っている道具は異世界のもの。ここで戦えばわしの立場が揺らぎかねん……」

そのまま魔王はブツブツと何かを呟き出す。

「何言ってんだ、こらぁ!」

「佐久間さん、危ない! あれ、呪文の詠唱よ」

田島さんの忠告の直後、魔王の手から突風が吹き出した。この感じは……。俺たちが異世界に来たのと同じ——もしかして帰れるのか。

気づいたら、俺たちは王都にいた。旅が始まった森のすぐそばだ。

「なんということだ! 四勇士殿。魔王を倒せず舞い戻るとは!」

王は言った。いきなり現れてうるさいな、この王様。

「汝らの功績はわかっておるが、残念極まりない。だが、ちょうどいい」

「急になんですか」

情緒不安定かよ。

「……我が国はまもなく期末決算だ。手伝ってくれれば国の半分を——」

魔王かよ、こいつ。山下が顔を覆った。

「どこの世界でも決算は地獄か……こんな世界でちゃんと領収書はそろっているのか。インボイスを早く廃止してくれ」

山下は混乱している。

そのとき、俺のスマホが勝手にペカーと光りだした。見るとまた勝手にラジオアプリが立ち上がっている。

『四勇士タチヨ……早ク魔王を討ツベシ。会社ヲ守レ!』

そもそも何なんだよ、このアプリの声。

俺たちの戦いは、まだまだ終わらないようだ。四勇士は防災リュックを背負って旅を続けている。この世界が平和になるその日まで——。

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