港の最果てにたたずむ赤レンガ造りの第五倉庫は、半世紀以上も前に閉鎖されて以来、人々の記憶から消え去り、置き去りにされたかのように静まり返っていた。
夏の終わりの大規模な湾岸再開発計画に伴い、私は解体前の物品整理を行うアルバイトに応募したのだった。
ずっしりと重い鉄扉の鍵を開け、錆びついた蝶番を押し開けると、遮断されていた数十年前の濃密な空気が一気に流れ出してきた。
天窓から差し込む一筋の太陽光が薄暗い空間を切り裂き、そこには星屑のような埃の粒子が、眩しく乱反射しながら浮遊していた。
長年の潮風によって半ば朽ちかけた木箱や、用途の分からない巨大な鉄製の歯車が、まるで迷路のように複雑に積み上げられていた。
私は手元の懐中電灯で足元を照らし、床に敷き詰められた厚い埃の層に新しい足跡を残しながら、倉庫の最も奥の区画へと進んだ。
突き当たりに位置する薄暗いスペースには、灰色の大きな防炎キャンバスシートが、何か巨大な物体を隠すように被せられていた。
私は息を整え、両手でその分厚いシートを掴み、長年の眠りを破るようにして一気に床へと引きはがした。
何か小さな物が床に落ち、カランと乾いた音が響いた。
激しく舞い上がった埃の向こうから姿を現したのは、鈍い黄金色の輝きを放つ、真鍮と吹きガラスで精巧に作られたクジラの自動人形だった。
透明なガラスで作られた腹部の内側には、大小さまざまな銀の歯車や精緻なゼンマイが、複雑怪奇な迷宮のように噛み合っていた。
クジラの背ビレの付け根にあたる部分には、不思議な幾何学模様が刻まれた、小さな真鍮製の鍵穴がぽつりと一つだけ穿たれていた。
私は何かを確信し、先ほど防炎シートを外した時に落ちたものを拾い上げた。
それは見慣れない形の鍵だった。
吸い込まれるように、その古びた鍵をクジラの背中の鍵穴へと差し込み、ゆっくりと右へと回した。
静寂に満ちた倉庫の中にカチリという重厚な金属音が響き渡り、巨大な歯車が数十年ぶりの駆動を始めるために震え出した。
ガラスの瞳の奥深くに淡いエメラルドグリーンの光が灯り、大きな胸ビレが本物の海を泳ぐかのように滑らかに動き始めた。
やがてクジラの口がわずかに開き、その隙間から、それまで聞いたこともないほどに美しく切ない音が響き渡った。
それはクジラの鳴き声を模した音だった。
その鳴き声は倉庫の中で反響し、何重にも重なるオルゴールの旋律のように、どこか遠い異国の波を想起させる不思議な響きとなって満ちていった。
私はその場に呆然とたたずみ、真鍮のクジラが暗闇の中で放つ幻想的な光の明滅と、優しく空間を包み込む旋律にただ聞き惚れていた。
鳴き声の残響が薄れてゆくころ、腹部の時計仕掛けの機構が静かに逆回転を始め、クジラの側面に隠されていた小さな引き出しがせり出した。
私は恐る恐るその引き出しの中へと手を伸ばし、そこに残されていた一通の古い手紙と琥珀のペンダントを取り出した。
茶色く変色した羊皮紙の手紙には、かつてこの港町にいた時計職人が残した、遠い国へ去った最愛の女性への告白が綴られていた。
職人はいつか彼女がこの港に戻ってきた時、このクジラが奏でる特別な歌で彼女を迎えられるよう、この場所に仕掛けを残したのだ。
クジラがこのままの形でここに残っているということは、二人が再び会うことはなかったのかもしれない。しかし、職人の一途な想いだけは、この暗い倉庫の中でいまだ生き続けていた。
再開発によってこの倉庫は数日後には取り壊されてしまうが、ここに残された美しい奇跡を消し去ってしまうのは惜しいと思った。
しかし、私はただのアルバイト作業員に過ぎない。
天窓からの夕暮れの赤い光が倉庫の奥まで差し込み、役割を果たし終えて静かにたたずむ機械のクジラを黄金色の輝きが優しく包み込むその光景を、いつまでも忘れないよう目に焼き付けた。


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