#069 不可解な裁判

ちいさな物語

気がつくと、俺は法廷に立っていた。

傍聴席には、黒ずくめの人々が並び、静かにこちらを見ている。検察官は痩せた男で、深い皺の刻まれた顔をしていた。判事はというと、裁判官席で何やら書類を眺めている。ここからは何が書いてあるのか見えないが、膨大な量の書類だ。

しかし、俺にはまったく理解できないことが一つあった。

「俺は……何の罪で裁かれているんですか?」

弁護人らしき男は無言のまま、視線を逸らした。

検察官が立ち上がり、無機質な声で告げる。

「被告人の罪状——それは、“それ”です」

「……は?」

「“それ”が問題なのです」

法廷内にざわめきが広がる。しかし、俺には意味がわからない。

「待ってくれ、“それ”って何のことだ?」

判事が木槌を打ち鳴らし、静かに言った。

「被告人、あなたは本当に“それ”を理解していないのですか?」

「だから、“それ”って何のことですか!」

誰も答えない。

代わりに、検察官が証拠品らしきものを掲げた。

「こちらをご覧ください」

そこには、一枚の真っ白な紙があった。何も書かれていない。ただの白紙だ。しかし法廷内には「ひっ」と息をのむような声があがる。

「これは……?」

「決定的証拠です」

「証拠って、何の?」

検察官は、まるで俺が愚か者であるかのように首を振る。

「この証拠を見ても、なお罪を認めないのですか?」

「いや、だからその紙、何も書かれてないだろ!」

判事が溜息をついた。

「被告人、反省の色なし——か」

「反省も何も、俺が一体何をしたんだよ!」

傍聴席の黒ずくめの人々が、一斉にざわつく。

「おや、これは驚いた」

「まさか、自分のしたことを本当に忘れているのか?」

「これは裁判どころではないな」

囁き声が波のように広がる。

俺は汗をかき始めた。ここにいる誰もが、俺を裁こうとしている。だが何の理由で?

「弁護人!」

俺は隣の男に助けを求めた。

「何か言ってくれ!」

弁護人はやっと重い口を開いた。

「……残念ながら、私にも弁護できません」

「どういうことだよ!」

「あなたが“それ”を認識していない以上……弁護のしようがないのです」

俺の背筋に冷たいものが走った。

——この裁判、最初から結論は決まっているのではないか?

判事が木槌を打つ。

「これ以上の審議は無駄でしょう。判決を言い渡します」

俺は息をのんだ。

——終わる。何もわからないまま、俺は裁かれる。

「被告人は——“それ”により死刑」

その瞬間、法廷の壁が崩れ、眩い光が差し込んだ。

——そして、俺は目を覚ました。

自分のベッドの上だった。

あまりに現実感のある夢に俺はしばらく動けなかった。

だが、ふと気づく。枕元には、一枚の真っ白な紙が置かれていた。

「……これは」

その紙を見た途端、頭の奥に何かが蘇る感覚がした。

ドアベルが鳴る。早朝の訪問者、これは夢の始まりと同じであった。

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