地方都市の片隅に、特別何の特徴もない空き地が存在していた。
周囲を錆びついた金網フェンスに囲まれており、中は雑草が生い茂るばかり。
通りかかる誰もが一瞥すらせず素通りするような、まったく顧みられない空き地だった。
ある秋の午後のこと、互いに面識のない三人の人間が、たまたまその空き地の前で同時に足を止めた。
一人の若い男は今夜の夕飯の献立に頭を悩ませ、一人の女性は自転車の鍵を落とした場所を必死に思い出そうとし、一人の老人は膝の痛みを感じて一時的に休息をとっていたのだった。
三人はそれぞれの思考の渦に深く没頭しながら、ただぼんやりと雑草が風になびく空き地をじっと見つめ続けていた。
その時、道路を隔てた向かい側のバス停から、彼ら三人の奇妙な様子を何気なく眺めている一人のサラリーマンがいた。
男は三人が空き地を凝視している姿を目にし、「あんな殺風景な場所に一体何があるのだろう」と疑問を抱いた。
しかしちょうど目当ての路線バスが停留所に到着したため、男はそれ以上深く考えることなく急いでバスに乗り込み、その場を立ち去った。
その日の夜、居酒屋で酒を酌み交わしていた男は、昼間の出来事をふと思い出し、目の前の友人へ語りかけた。
「今日、駅近くの空き地に人だかりができていてね。みんな鬼気迫るような目つきで何かを凝視していたんだ。あそこ、何かあるのかもしれない」
空き地を見ていたのはたったの3人だったが、酒が入っていたこともあり、「人だかり」と少し大袈裟に表現してしまったのだ。
居酒屋でその興味深い話を聞いた友人は好奇心を大いに刺激され、帰り道で地元の情報を扱うソーシャルメディアのコミュニティーへ書き込みをした。
このコミュニティーでは、平和な地元の町のちょっとしたことをおもしろおかしく書き込むことが流行していた。
「噂によると、駅裏の空き地に大勢の人間が集まって何かを熱心に観察していたらしい。一体あそこには何が隠されているのだろうか?」
その何気ない投稿は、休日前の深夜ということもあり、多くのユーザーが目にすることになった。瞬く間に拡散され、人々の持つ無制限な想像力を激しく掻き立てることとなった。
「え? 昨日通ったけど何かあったかな?」
「もしかして、埋蔵金が発見されたのかも」
「UFOが着陸した痕跡があるって、誰かが言ってた気がするな」
「あの場所にだけ自生している特殊な雑草に、難病を治す効果があるらしいぞ」
「一見、ただの空き地にしか見えないけど、霊感があればすごいものが見えるんだってさ」
噂は尾ひれがつくどころか、突拍子もない個人の勝手な想像まで加わり、次第に怪情報へと変化していった。
数日後、噂を聞きつけた大勢の野次馬や好奇心旺盛な人々が、押し寄せる波のように空き地の周辺へと集まり始めた。
現場に駆けつけた人々は「ここには絶対に何かすごいものが存在するはずだ」と強く信じ込み、空き地の前にずらりと並んで風に揺れる雑草の群生を必死になって凝視した。
その真剣に空き地を凝視する人々の姿を見た通行人が「本当に何か特別な発見があったに違いない」と勘違いし、さらに吸い寄せられるように群衆の列へ加わっていった。
押し寄せる人波は日を追うごとに膨れ上がり、ついに地元警察が周辺道路の深刻な混雑を緩和するために交通整理へ乗り出すほどの事態となった。
やがて市役所の観光課までもがこの奇妙な熱狂現象に着目し、地域の活性化につなげる絶好の好機と捉えて「謎の空き地」として公式にPRを開始した。
空き地の周囲には露店やご当地土産を扱う店舗が所狭しと立ち並ぶようになり、週末には全国からツアー客を乗せた大型観光バスが横付けされるほどの賑わいを見せるようになった。
何もないのに、だ。
空き地の中央部分には、「見る者の澄んだ心を映し出す奇跡の原っぱ」と誇らしげに書かれた木製の立派な解説看板までもが設置された。
噂は、空き地を見つめていると、その人の心の中に応じて何かが見えるという形に変化していた。心が汚れていると思われることを恐れた人々は、口々に「見える」と偽り、噂を真実たらしめていた。
それから数か月が経った頃には、その場所はすっかり全国的にも有名な観光名所として定着していた。
ある日の午後、かつて最初にあの空き地の前で立ち止まった三人のうちの一人である男が、偶然にも再びその場所を通りかかった。
この騒動の原因の一端が自分にあるとはつゆ知らず。
かつての静寂は跡形もなく消え去っており、大勢の観光客たちがスマートフォンや高級カメラを構えて熱心にただの雑草を撮影していた。
人によっては何かが写るという噂が流れているためだった。
男は呆れたように苦笑いを浮かべながら、近くの露店で購入した名物のソフトクリームを一口静かに舐め、やはり夕食の献立について考えながら、その場を後にした。


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