#072_頭の上に

ちいさな物語

最初に気づいたのは、コンビニの店員の態度だった。

「お弁当、温めますか?」

俺の顔を見て普通に聞いてきたのに、次の瞬間、スッと視線が上に動く。そして、何事もなかったようにまた俺の目を見て微笑む。

ほんの一瞬のことだ。そんなことはその直後に忘れて二度と思い出さないようなことだ。でも、それが一度ではなく、何度も続くとさすがに違和感が生じる。

仕事先の同僚、エレベーターで乗り合わせた知らない人、電車の向かいに座った女子高生——みんな、俺の頭の上をちらっと見てから、何事もなかったように視線を戻す。

「……なんかついてる?」

気になって、トイレの鏡で自分の頭をチェックしてみた。寝癖もないし、ゴミも乗ってない。何もおかしなところはない。

でも、確かに彼らは見ていた。

——俺の頭の上を。

「ねえ、俺の頭の上、なんかある?」

家に帰って、妹に聞いてみた。

「は?」

妹は不思議そうな顔をして、じろじろと俺の頭を眺める。

「……別に。普通じゃん?」

「ほんとに?」

「うん。……なんかあったら嫌だから言ってるんだけど?」

「なんかって何? 何もないよ?」

妹は首を傾げながら言った。それからすっと俺の頭の上を見た。

「今! 一瞬ここ見たよな?」

「え?」

妹の顔が強張った。

「……え、え? なんで?」

「やっぱり見たじゃねえか!」

俺は思わず叫んだ。でも妹は、さっきよりもっと不安そうな顔になって、小さくつぶやいた。

「……え、でも、お兄ちゃん……」

「何?」

「だって、私、自分では見たつもりなかった……」

「は?」

「意識してなかったのに、気づいたら目がそっち向いてただけで……ただの偶然? 意味はないと思うけど」

それから気味の悪いことが続いた。

俺と話す人は、ほぼ全員、ほんの一瞬だけ、頭の上に視線を向ける。でも、それを指摘すると「そんなことしてない」「気のせいだろう」と否定する。いや、明らかにしてるのに。

そして、一番最悪だったのは——

「頭の上、なんかあるんですか?」

直接聞いてきた奴がいたことだ。

それは、新しく異動してきた社員だった。

「え?」

俺は思わず聞き返した。

「いや、何かあるんじゃないかって……えっと……すみません、なんかまずいこと聞きました?」

「お前、見えてるのか?」

俺が詰め寄ると、彼は顔を引きつらせた。

「いや……なんというか、気になるんですよ……なんか、こう、うまく言えないんですけど……あれ? でも、何もない?」

彼は首を傾げた。

「……あれ?」

そして、次の瞬間。

「うわっ!」

彼は悲鳴を上げて、後ずさった。

「お、お前……っ」

「どうした!?」

「い、いや……なんか今、見えた気がして……っ」

「何が!? 何が見えた!?」

彼は震えながら、俺の頭の上を指さした。でも、何か言おうとした瞬間——

プツッ

何かが切れたように、彼はポカンとした顔になった。

「えっと……?」

そして、俺の顔をまじまじと見てから、困惑したように言った。

「すみません、なんか……俺、今なにか変なこと言いましたか?」

「…………」

俺は、ゆっくりと息を吐いた。

——分かった。

もう、分かったんだ。

俺の頭の上には、何かがいる。

でもそれは普通の人間には見えない。見えなくても感じる。だからみんなそこへ視線をやる。

ごく稀にそれを見ることができる人間がいるが、そいつはすぐに「忘れる」。いや、強制的に「忘れさせられる」。

俺の頭の上を見たことも、何かを感じたことも、全部。

「なんなんだよ……」

俺は、再び鏡を見た。

——やっぱり、何も見えない。

それが何なのか、俺も周りの人間も決して知ることができないんだ。

「なんなんだよ……」

俺はもう一度つぶやいた。

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