王子が生まれた夜、王城の塔という塔に灯りがともされました。
そして百年ぶりの王子誕生を祝うため、国中の妖精が招かれたのです。
普通なら十人、多くても二十人ほどです。
ですがその年は豊穣の年で、妖精たちも上機嫌で気前よく王子の祝福に訪れました。その数、二千にものぼったと記録に残っています。
金色の羽を持つ妖精は「勇気」を。
銀の髪の妖精は「知恵」を。
湖の妖精は「美貌」を。
森の妖精は「健康」を。
炎の妖精は「剣の才」を。
海風の妖精は「愛される力」を授けました。
それは夜明けまで続き、揺り籠の周囲は妖精たちの祝福の光でまぶしいほどでした。
王も王妃も涙を流して喜びました。
「この子は、史上もっとも偉大な王になる」
誰もがそう信じました。
実際、王子は完璧でした。
三歳で古代語を読み、五歳で馬を乗りこなし、八歳で騎士団長を剣術で負かしました。
病ひとつせず、どんな相手にも優しく、話をすれば誰もがその言葉に感動しました。
王子が庭を歩けば花が咲き、鳥は肩へとまり、争っていた貴族たちですら握手を交わしました。
ですが、不思議なことに、王子には友達ができませんでした。
皆、彼を敬いました。
愛しました。
けれど近づけなかったのです。
あまりに正しく、うつくしく、賢すぎた。
人々は王子の前に立つと、自分の醜さや愚かさを勝手に恥じました。
子どもたちは遊びに誘えず、家臣たちは冗談ひとつ言えない。侍女たちは目が合うだけで泣きそうになりました。
王子は成長するにつれ、だんだんもの静かになっていきました。
十五歳の誕生日の宴でも、王子はうつくしく微笑みながら、必要以上に口を開くことはありませんでした。
楽師が演奏し、詩人が賛歌を捧げ、貴婦人たちは頬を染めました。それでも宴はなんとなく静かに感じられました。
誰もが完璧な王子の前で失敗することを恐れていたのです。
その夜、王子は城のバルコニーで一人、夜景を見下ろしていました。
そこへ、見慣れない小さな妖精が現れました。
灰色の羽に、くしゃくしゃの帽子。どう見ても高貴な妖精には見えません。
「こんばんは」
王子が声をかけると、妖精は鼻をすすりました。
「招待状、届くのに十五年かかっちゃってねぇ」
王子は少しだけ目を丸くしました。
「十五年?」
「ずっと木に引っかかっていたのさ。今朝、強い風が吹いたからようやく届いたんだ。急いできたけど、途中で昼寝したから夜になってしまったよ」
妖精はそう言って笑いました。変な笑い方でした。ケケケ、と喉に引っかかるような笑いです。
王子は困った顔をしました。
「急いでいたのに昼寝をしたのですか?」
「そうだよ。僕は失敗の妖精」
王子はまた首を傾げました。でも何となく胸の奥がうずうずとするような感覚があったのです。
「あなたが私に祝福を?」
「そうですとも」
妖精は王子の額を、小枝のような杖で軽く叩きました。
「特別な祝福だ」
何も起きませんでした。
光も風もなく、祝福らしさは欠片もありません。王子はまた少し首を傾げました。
「これだけですか」
「これだけさ」
妖精はけろりと言いました。
王子は黙りました。
「完璧なのは神様。人間が完璧なのはよくないよ」
そう言って妖精は去っていきました。
翌朝、王子は朝餐の席でスープを盛大にこぼしました。
王妃は青ざめ、侍女たちは震え上がりました。
けれど王子は、ぽかんと自分の服を見てから、突然吹き出しました。
「あはは! ごめんよ、手が滑ってしまって」
今まで聞いたことのない王子の大きな笑い声でした。
つられて侍女が笑い、料理人も笑い、最後には王と王妃まで笑いました。
「誰か新しいスープを。いや、火傷はしてないかい?」
王が思い出したように王子を気遣いました。
「気をつけなくてはダメよ」
初めて母親らしいことを言えた王妃は涙ぐんでいました。
その日から、王子は変わりました。
演説の途中で言い間違えたり、馬から落ちたり、庭師と泥だらけで喧嘩したりしました。
能力は今まで通り、祝福を受けた者として完璧でした。ごくたまに人間らしい失敗をするようになったのです。
でもね、王子は今までの何倍もみんなに愛されました。しかも失敗した本人が一番笑うのですから、周りも思わず笑顔になってしまいます。
笑い声の中心にはいつも王子の姿がありました。
子どもたちは鬼ごっこに誘い、騎士たちは王子の肩を叩き、侍女たちは王子にも世間話をするようになりました。
王子は相変わらずうつくしく、賢く、強かった。けれど以前ほど遠い存在ではなくなったのです。
ある日、王子は老いた学者に尋ねました。
「なぜみんな以前とは違うのでしょう」
王子にとっては、みんなの方が気安い人々に変わったように感じていたのでした。
学者は答えました。
「変わったのは殿下の方です。人は神を崇めますが、一緒に食事をしたり、笑いあったりはできないものです」
王子は妖精の言葉を思い出していました。人間が完璧なのはよくないというのはそういうことなのか。
後世の歴史書には、こう記されています。
『王子は二千の祝福で偉大になり、最後のひとつの祝福により人間になった』と。


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