俺には「推すと推しが終わる」という、オタクとして致命的すぎる才能がある。
最初の事件は高校二年の夏で、地下アイドルの星乃ミユちゃんを「この子は絶対に来る、古参名乗るなら今しかない」と友人三人に布教した翌週、ミユちゃんが握手会で厄介オタクに刺されて活動休止になった。
もちろん俺は悪くない。刺したやつが百パーセント悪い。そこは大前提なのだが、それ以降も妙な一致が続き、「まさか俺のせいなのか」という疑いが生まれた。
「今期アニメなら『超機動メイド・ガルバトロン』一択」と熱弁した三日後、制作スタッフの不祥事で放送中止。
「この自動で靴下を畳む装置、生活革命だろ」とクラウドファンディングに三万円つっこんだ翌朝、代表者が失踪して企画消滅。
大学では好きになった女子に告白するたび、その相手に妙な災難が起きた。
一人目は告白翌日に盲腸、二人目は自転車で電柱に衝突、三人目は俺の「付き合ってください」を聞いた直後、なぜか実家の屋根が強風で飛んだ。
次に告白しようと考えていた女子からは、「好きにならないで」と泣きながら頼まれた。すでに俺のことは「死神」として周囲で噂になっていたのだ。
やがて俺は芸能人の名前を口にすることすら恐れるようになった。その頃はすでに、「推せば終わる」という残酷な事実に気づいてしまっていたからだ。
しかしある日、会社の昼休みに同僚が「最近あの俳優よく見るよね」と話しかけてきたので、つい「ああ、あの人。俺も好き」と答えてしまった。
翌週、その俳優が週刊誌に撮られた。不倫報道だった。
以後、俺がうっかり「演技うまい」「歌が好き」「感じのいい人だよね」と言った芸能人は、驚異的な命中率で文春砲を食らいテレビやネットから姿を消した。むしろ文春は俺をマークしていた方がいいのではないかとすら思ったくらいだ。
同僚たちは俺を人間デスノートと呼び、飲み会で「嫌いな上司を推してくれ」と頼んでくるようになった。
そこで俺は気づいた。これは不幸ではない。市場だ。
俺は会社を辞め、駅前の雑居ビルに「呪い屋 推して消します」という看板を出した。
サービス内容は単純で、依頼人から対象者の写真と名前を受け取り、俺がその人物を全力で推す。
「推しが尊い!」「同担拒否!」「推しと同じ時代に生まれた幸せ!」と心の底からよろこびを叫ぶ。
大事なのは「心の底から」だ。幸い俺はほれっぽいところがあるので、どんな人物でも簡単に推すことができた。
呪術的な儀式はない。黒いローブも藁人形もない。必要なのは俺の純粋な推す心だけである。
最初の客は、隣の部署の嫌味な部長をどうにかしたいという会社員だった。
三万円を受け取り、俺はその部長の写真をスマホの待ち受けにし、「推せる!」「(会社の)センターを取ってくれ!」とことあるごとに祈った。もちろん心の底から。
さらに部長を女体化させた萌え絵を描き、二次創作(?)としてネットへ放流するなどした。これはオタク仲間すら反応しなかった。
後日、その部長は取引先への二重請求が発覚して左遷されたあげく、左遷先でも窓際に追いやられ、気づいたらいなくなっていたという。
そんなこんなで、口コミが爆発した。
俺の呪い屋のホームページには、「姑を推してもらったら海外旅行で財布をなくして帰ってきたww」「独身って嘘をついていた彼、SNSのスケベ裏アカが嫁にバレて離婚とか笑いがとまらない」「アコギな商売をしていたライバル店の店長、食べログに謎の粘着アカから低評価が百件ついて、もうつぶれそう」と、俺の実績はどんどん積みあがった。
ただし俺にも倫理はあるので、依頼内容は選ばせてもらっている。あと、政治家は怖いので一律お断りにした。
この頃には推し具合によって威力をコントロールすることも可能になっていた。
三年後、呪い屋は全国展開し、予約は半年待ち、俺はテレビから取材を受けるまでになった。
驚いたことに俺と同じ属性を持つ「不幸なオタク」は多く存在し、俺が教育することでその才能を次々と開花させていった。
彼ら、彼女らが各支店の呪いを担当し、事業は急拡大していったのだ。
テレビ番組のインタビュアーが聞いた。
「今、何かプライベートで推しているものはありますか?」
俺は胸を張って答えた。
「はい。最近は仕事が楽しくて。プライベートでもこの呪い屋を推したいですね」
放送翌日、税務署が来た。経理担当が青ざめながら言った。
「社長、売上の一部、申告漏れです」
俺は天井を見上げた。
なるほど。
自分の会社を推すのはダメなのか。すでに法人化しているので、俺の会社とはいえ、法人格を持っている。
これまでは俺が「俺、すげぇ!」って思っても、まったく問題はなかった。しかし、法人格を持った俺の会社は俺とは別の存在だと判定され、推せば不幸が降りかかるのだ。
この能力、なかなか厳密じゃないか……。
その日の午後、俺は看板を書き換えた。
「呪い屋 推して消します。※呪いは外注になります」
そう、俺は呪い屋の社長を辞任し、フリーランスの呪い屋に転身することになったのだ。
社長でいることで、常に会社のことを考えなくてはならなくなる。うっかり推してしまう事故も増えるだろう。
これからは外注先のフリーランス呪い屋として業績をあげていきたい。
他の能力者社員にも同様の措置をした。もちろん収入が落ちないよう破格の対応付きだ。
これで心置きなく仕事ができる。
「さて、今日も推すか!」
俺はじゃらりと依頼対象のアクキーを鞄につけて、家を出た。


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