最初に違和感を覚えたのは、知育菓子なのに硬すぎたことだった。
説明書には「やさしく噛みましょう」と書いてあるのに、歯が折れそうなほど硬い素材だ。
それでも俺は説明書通り、真剣に菓子を作成した。
完成したそれは、どう見ても食べ物ではなく、さるぐつわだった。
色はパステル、香りはぶどう。
「これは……口に入れていいものなのか?」
疑問に思った瞬間、背後から声がした。
「知育ですから」
振り返ると、知らないおじさんが立っていた。
スーツ姿で、なぜか裸足だった。
「教育とは、拘束から始まるんですよ」
そう言って、彼はさるぐつわを俺の口に押し込んだ。
甘い。ぶどう味だ。
声は出ないが、思考は妙に冴えていく。これが知育菓子の力!
「さあ、散歩です」
おじさんは俺の手を引き、外へ出た。
なぜか抵抗する気は起きなかった。
散歩という言葉には、逆らえない力がある。前世は犬だったかもしれない。
外に出ると、歩道がなかった。代わりに、ハイウェイがあった。
片側六車線。広い。しかし車は一台も走っていない。
「歩行者が入っていいんですか?」と、俺は聞こうとしたが、さるぐつわのせいで「んぐ」としか言えない。
「今日はくるぶしの日ですから、入ってもいいんです」
声が出ていないのに伝わっている。しかし返答の意味は分からない。
ハイウェイのアスファルトは、やけに柔らかかった。歩いていると足が疲れる。
「いいくるぶしですね」
おじさんが褒めてきた。なぜくるぶしを褒められているのかわからない。
さらに歩いていると、前方に集団が現れた。
全員、知育菓子を持っている。そして全員、口に自分と同じさるぐつわをしていた。そして全員、クロップドパンツをはき、くるぶしをしっかりと見せている。
「くるぶし高速散歩協会です」
誰かが誇らしげに言った。さるぐつわをしているのに、はっきりとしゃべっている。
「え? 何の協会ですか」と、俺は聞こうとしたが、さるぐつわのせいで「んぐ」としか言えない。
「くるぶしを鍛えて、散歩の効率化を目指しています」
やはりこちらの言いたいことが伝わっている。
突然、ハイウェイの上に青い看板が現れた。
【この先、知育】
意味は分からないが、全員が看板を指してうなずきあっている。
その瞬間、ハイウェイが加速した。いや、俺たちが加速しているのだ。みんな走っていた。景色がどんどん流れていく。俺も気づかないうちに走っている。くるぶしが熱を持ち、火花が散る。
「散歩、散歩」
誰かがリズムを取り始めた。
「散歩、散歩、ハイウェイ散歩」
リズミカルな掛け声になぜかテンションがあがってくる。
頭の中で、知育菓子の説明書が再生される。
【想像力を育てましょう】
【自由な発想で遊びましょう】
くるぶしが熱い。
やがて、前方に料金所が見えた。係員は全員のくるぶしにバーコードリーダーをかざし、「ピッ」と音をさせている。
「通行料は?」
「知育菓子一つにつき、散歩一回無料です」
知育菓子を購入した時点で支払いは完了しているらしい。
俺たちはそのまま通過した。料金所を越えた瞬間、さるぐつわが外れた。
「これ、一体何だったんですか」
俺が叫ぶと、おじさんは満足そうにうなずいた。
「学習です」
「何の?」
「意味のなさへの耐性」
その瞬間、すべてが消えた。ハイウェイも、散歩も、協会の人々もみんな消えた。
俺は自宅のキッチンに立っている。手元には知育菓子の入っていた空箱。説明書の最後の一文が目に入る。
【耐えられない場合があります。お近くの医療機関にご相談ください】
くるぶしが、まだ少し熱かった。



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