#640 ひまわり畑

ちいさな物語

真夏の刺すような日差しが照りつける7月の午後、僕は友人である健太、葵と3人で、郊外にある有名なひまわり園を訪れていた。

広大な敷地には、大人の背丈をはるかに超える巨大なひまわりが咲き誇っていた。

「すごいな、迷路みたいだ。写真撮ろうぜ」と健太がスマートフォンを向け、葵も笑顔でポーズをとっていた。

観光客たちの歓声とセミの鳴き声が、真夏の空気の中に響き渡っていた。

僕たちは観察用の細い小道を通り、ひまわり畑の奥へと進んでいった。

背の高い茎と大きな葉が視界を遮り、道はくねくねと曲がっていた。

「ねえ、ここで写真撮ってよ」と葵に話しかけた――が、振り返ると、すぐ後ろにいたはずの二人の姿が消えていた。

「健太? 葵?」と大声で呼んでみたが、返事はなかった。

さっきまで聞こえていた歓声やセミの声すらも、まったく聞こえなくなっていた。

まるで世界からすべての音が奪い去られたかのように、静寂が周囲を包み込んでいた。

僕は冗談だと思い、「ちょっと! 隠れんぼのつもり?」と言いながらもと来た道を戻った。

しかし通ってきたはずの小道はなく、見渡す限り背の高いひまわりの壁が立ちはだかっていた。

何かがおかしい……。

汗が吹き出し、急激に胸の鼓動が速くなった。

スマートフォンを取り出したが、画面には圏外を示す表示が出ているだけだった。

僕は恐怖を振り払うように歩き出したが、どの角を曲がっても同じ光景しか現れなかった。

どれほど歩いても出口は見えず、自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。

その時、生暖かい風が吹き抜け、まわりのひまわりをいっせいに揺らした。

ザザザと、まるで巨大な何かが押し寄せてくるような擦れ合いの音が響いた。

僕は異空間に取り残されたような気持ちになった。

混乱する頭で息を吸い込んだ瞬間、強烈な違和感が僕を襲った。

すべての黄色い大輪がじっとこちらを向いていたのだ。

右を見ても左を見ても、何千ものひまわりが僕を見つめていた。

中心部の黒っぽい部分がまるで巨大な複眼のように僕をとらえていた。

「何だ、これ……」とかすれた声が漏れた。

僕が右へ移動すると、ざあっと音がして周囲のひまわりの首がいっせいに動いた。

僕が左へ足を踏み出すと、やはりすべての黄色い顔が正確に僕をとらえて首を動かす。

腐敗した草と泥の臭いが漂い始めた。

ひまわり畑全体が、僕という獲物を狙う巨大な生き物のようだった。

恐怖が限界に達した僕は、後先も考えずに走り出した。

鋭い茎や硬質な葉が肌を切り裂いたが、痛みを気にする余裕はなかった。

動きに合わせて、ざあっ、ざあっとひまわりがこちらに首を動かす音が聞こえる。

そして、走り抜ける僕の横で、ひまわりたちが逃げ道を塞ぐように大きな葉を傾けてきた。

足元の土は湿ってドロドロになり、足首まで泥にはまっている。

歩きにくくしているのも、ひまわりたちの意志のようだった。

前を見上げると、そこには人間の倍以上もある巨大なひまわりが聳え立っていた。

ブツブツとした花の中心部に、歪んだ人間の顔のような模様が浮かび上がっていた。

それは、ここに迷い込み逃げ出せなくなった者たちの亡霊のように思えてゾッとする。

「こっちを見るな!」と叫びながら、泥にもつれる足を必死に動かして走り続けた。

しかし、どこへ逃げても黄色い視線の網からは逃れられなかった。

どれほど走っても壁は途切れず、ついにぬかるみに足を取られて転倒した。

見上げると、無数のひまわりが僕を取り囲むように上空から覗き込んでいた。

それらはゆっくりと首を垂らし、顔のそばまで黄色い花を近づけてきた。

肉が腐ったような臭いがして思わず顔を背ける。

耳元で、大勢の人間がささやき合うような声が聞こえた。

僕は腕を動かそうとしたが、伸ばしてきた緑色の茎が手足をきつく締め上げた。

泥の中に根が張り巡らされ、僕の体を地中へと引きずり込んでいく。

「助けて!」と叫んだが、その声は大きな葉に吸収されているかのようにくぐもっている。

視界の端に見えたのは新しく芽吹き始めた小さな若芽だった。

その若芽は、僕の顔に向かってゆっくりと首を傾ける。

そして、大きなひまわりたちも、それにならうかのように僕の方へと首を傾け始めた。

それは肉に群がるハイエナのようだった。

僕の体はもう動かず、視界は一面の花の黄色と葉の濃い緑でいっぱいになっていた。

根が全身の皮膚を破り侵入してくる。

――ひまわりに、喰われている。

遠のく意識の中で自分の体が食い荒らされているのを感じた。

「翔平! どこだ?」

「はしゃいでいなくなっちゃうなんて、ちっちゃい子みたいだね」

「しょーがねぇヤツだな」

最後に耳にしたのは自分を探す友人たちの呑気な会話だった。いつの間にかまわりは元通りの喧騒に包まれている。

僕の体はぐちゃぐちゃと音を立て、ひまわりに喰われているのに。

そして、意識が途切れた。

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