現代だからこそ、あえての紙だ。
意中の相手である美咲ちゃんに向け、僕は三日三晩かけて渾身のラブレターを書き上げた。
LINEやDMじゃ伝わらない情熱を、万年筆で上質な和紙に託したのだ。
彼女はよく本(電子書籍じゃない!)を読んでいるし、持ち物からも古風な趣味がうかがえる。これは絶対にデジタルよりもアナログなアプローチがささるはず。
翌朝、僕は美咲ちゃんの靴箱へ手紙を入れようと、誰もいない早朝の昇降口へ忍び込んだ。
周囲を警戒しながら、記憶している彼女の靴箱「3-B 蓮見美咲」へ手紙を滑り込ませた――はずだった。
しかし、僕は致命的な勘違いをしていた。
僕が手紙を入れたのは「3-B 蓮見美咲」ではなく、隣の「3-B 蓮見健介」の靴箱だったのだ。
苗字が同じな上に隣同士という罠に、まんまと引っかかってしまった。
そして蓮見健介とは、幼稚園からの付き合いである僕の幼馴染(男)だった。
昼休み、健介に呼び出されて校舎の裏手に連れていかれた。
盛大に馬鹿にされるに違いない。そう身を縮めていると、健介は頬を赤く染め、ポケットから例のピンク色の封筒を取り出した。
「これ……お前の字だよな? 靴箱に入ってたんだけど」
僕は血の気が引いた。笑われる。
「ち、違うんだ健介! それは他の女の子、つまり――」
美咲ちゃんに渡すためのものだ。だが、そう言うと僕が美咲ちゃんを好きなことがバレてしまう。
なんとかうまいこと弁明しようとした瞬間、健介が手紙を胸に抱きしめて僕の言葉を遮った。
「言い訳すんなよ! 『無骨だけど優しいところがずっと好きだった』って書いてあったぞ! 女の子に言うこっちゃないだろう」
美咲ちゃんの芯の通った性格を褒めたつもりの一文だったが、あらためて人の口から聞くと何か間違っていたような――
それはともかくとして、その間違いが完全に健介の心に突き刺さっていた。
「いや、それはちょっと表現が間違っていたかもしれなくて――」
「俺も……これをもらってから気づいたんだ。お前はただの友だち以上の存在だったかもしれないって」
健介は真っ赤な顔で俯き、モジモジと指を絡め合わせた。
大型犬のような体格の男が乙女のように恥ずかしがる姿に、僕は恐怖と謎の動揺を覚えた。
「待て待て! 誤解だ! 宛名を書いてなかった僕も悪いけど!」
慌てて説得しようとしたが、健介は僕の手をギュッと力強く握りしめた。
「もう隠さなくていい。俺、お前の気持ちに応えたい」
健介の手は温かく、力強かった。不覚にもちょっとだけときめいた。
それからというもの、僕たちの関係は奇妙な方向へ走り出した。
放課後、僕が部活で疲れて教室に戻ると、健介が「これ飲めよ」と冷えたスポーツドリンクを差し出してきた。
「サンキュ……」
受け取ると、健介は「お前のことずっと見てたからさ」と微笑んだ。
ほんの少しだけ胸がキュンとしてしまった。
またある日は、二人で帰宅している最中に突然の夕立に降られた。
健介は自分の折りたたみ傘をサッと開き、僕の肩が濡れないように自分の右肩をずぶ濡れにしながら傘を差しだしてきた。
「健介、お前濡れてるぞ」
「いいんだよ。お前が濡れなければ」
そう言って優しく笑う健介の顔が、西日に照らされて無駄にイケメンに見えた。
僕の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
ヤバい、僕の何かが破壊されかけている。
なぜこうなったのか、もう一度最初から考えたほうがいい。
僕は美咲ちゃんのことが好きだった。僕の苦手な「今どきのギャルっぽさ」が全然なくて、物静かで、古風、クラス内の陰湿ないじめには決してのらないという、芯がしっかりしているところが魅力的だった。
それから美人だし、身ぎれいにしているし、近づくといい匂いがする。
そう。美咲ちゃんはすごく素敵な女性だ。
ところがここ最近、僕の頭の中は健介のことでいっぱいになっていた。
健介の優しさ、力強さ、そして時折見せる乙女なギャップ。おどろいたことに健介も素敵だった。
僕は頭をかきむしる。どうしよう。美咲ちゃんも――健介も好きだ。
それから何ヶ月も曖昧なまま日々は過ぎていった。いろいろなことがあった。
何かがふっきれて、美咲ちゃんとは気軽に話せる仲になったし、タイミングが合えば一緒に帰ることもあった。美咲ちゃんの影響でいろんな本を読んで、映画も見た。
同時に健介との仲も深まっていた。一緒に遊園地に行き、河原で遊び、放課後に他愛ないおしゃべりをする。
楽しいが、二股をかけているような罪悪感が常にあった。
そして一念発起し、僕はまた万年筆を手に取っている。
今度は誤解のないよう、便箋の冒頭にしっかりと「健介へ」と書き記していた。
僕の今の気持ちを精一杯書いた。
しかし、翌日それを渡したとき、健介は泣き出した。
「わかった。お前がそれで幸せになれるなら俺は身を引くよ」
「え?」
「この曖昧な関係を終わらせよう」と書いた手紙は、別れの手紙と誤解されてしまったようだ。僕は、健介と正式に恋人としてお付き合いしたいという、ありったけの愛を記したつもりだったのだ。
そうだ。僕は美咲ちゃんではなく健介を選んだ。
健介が泣き笑いのような顔で「また友だちとして遊ぼうな」と僕の肩を叩いて立ち去ったあと、呆然とその場に立ち尽くしていた。そして、ふとスマホで近所のカルチャーセンターの「ポエム教室」を検索した。
薄々気づいてはいたが、僕には絶望的なまでに文才がなかった。何よりもまず、文才が欲しかった。



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