日常・現代

ちいさな物語

#553 甘い行列

バレンタインを目前にしたある日、俺は百貨店の前にいた。目的は単純で、テレビの特番で取り上げられているような、凝ったバレンタインチョコレートをちょっと試しに買ってみようくらいのものだった。値段も高く、行列に並ぶ必要があることは事前に確認済みだ...
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#552 吠えられる理由

隣の家の犬は、俺を見ると必ず吠える。朝でも、夜でも、距離があっても関係ない。門の前を通るだけで、低く、しかし確信に満ちた声で吠える。他の人にはそうでもない。子どもには尻尾を振り、配達員には警戒の目を向けつつ黙っている。俺にだけ明確な敵意を向...
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#551 告白は戦争だと思っている

まず最初に言っておく。告白はイベントではない。儀式でもないし、雰囲気作りでもない。ましてや「気持ちを伝えるだけ」なんていう、ふわっとした概念では絶対にない。告白とは、準備九割九分、実行一分の情報戦であり、心理戦であり、環境構築ゲーである。俺...
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#550 知育菓子への耐性

最初に違和感を覚えたのは、知育菓子なのに硬すぎたことだった。説明書には「やさしく噛みましょう」と書いてあるのに、歯が折れそうなほど硬い素材だ。それでも俺は説明書通り、真剣に菓子を作成した。完成したそれは、どう見ても食べ物ではなく、さるぐつわ...
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#548 闇の中の声

今日は少しだけ残業かなと思ったとき、地震が来た。初めはすぐ収まると思った。――が、その瞬間、ビル全体が獣のような音を立ててうねりだす。照明が一斉に消え、非常灯すら見えない。気がつくと辺りは真っ暗だった。闇は、思っていたよりも濃い。自分の手を...
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#544 時間の箱

俺の友人は、昔から少し変わっていた。いや、正確に言えば「変わった趣味」を持っていた。骨董品でも、昆虫標本でもない。彼が集めていたのは「使われなくなったもの」だった。壊れた目覚まし時計、期限切れの会員証、書きかけで放置された日記。本人いわく「...
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#543 柱

私は今日も黙って見つめている。この街の人々の、誰にも知られたくない恥ずかしい瞬間を。私は、この街の交差点や路地裏、あるいは公園のベンチの脇に突っ立っている「棒」だ。人間たちは私のことを電信柱だと思い、あるいは街灯だと思い、あるいはただの標識...
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#542 琥珀色の帰郷

その村の名を、仮に「K郷」と呼ぶことにする。民俗学のフィールドワークとして訪れたその場所は、地図の上では等高線が重なり合うだけの、深い皺のような山間に隠れていた。バスは一日に二本、携帯電話の電波は村の入り口にある大きな杉の木の下でしか拾えな...
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#540 駅前でもらった飴の話

朝、駅前でおじさんが立っていた。背中に「飴係」と書かれたゼッケンをつけていた。「おはよう。飴いる?」差し出された手のひらの上には、緑色の包み紙のありふれた飴玉。だが、妙に気になった。「……なんの飴ですか?」「秘密だ」あやしい。そして意味がわ...
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#538 カレンダーの精霊が落とした一日

なあ、ちょっと聞いてくれよ。君は2019年の年末のことを覚えているかい?世界的な感染症の流行? それもそうなんだけど、その陰に隠れて、大規模なシステム障害があったの覚えてないかな。いや、正確には「永遠のクリスマスイブ」だったんだ。君もそうだ...