寝る前に

ちいさな物語

#376 夏空を渡るクジラ

今年の夏は、どうにも蒸し暑くて、毎日が退屈だった。セミの声ばかりが響く昼下がり、僕は屋上で空を眺めていた。団地の屋上は子供たちの秘密基地だったけれど、このごろは飽きてしまったのか誰も来ない。僕は寝転がって雲を見ていた。白い雲の切れ間に、ぽっ...
ちいさな物語

#372 異国のコイン

朝の通勤途中、電車の座席に腰を下ろしたとき、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れたのは、冷たく硬い金属の感触だった。取り出してみると、それは見たこともないコインだった。大きさは百円玉ほどだが、妙にずっしりしている。片面には王...
ちいさな物語

#368 執事の長い一日

「お目覚めですか、ご主人様。」そう言ってカーテンを開けた瞬間、私は今日もまた、この屋敷で長い一日が始まるのです。私がこの屋敷で執事として働き始めてから、もう二十年以上が経ちます。最初は若さに任せて何でも完璧にこなそうとしていましたが、すぐに...
ちいさな物語

#367 バナナに話しかけられた夜

これは冗談でも何でもなくて、本当にあった話なんだよ。信じる信じないは別として、とりあえず聞いてほしい。昔から、夜になるとなんとなくダイニングテーブルを眺める癖があってね。母親がいつもテーブルの上に果物かごを置いていたから、それがいつの間にか...
ちいさな物語

#360 泥だらけの勇者

それは雨上がりの午後のことだった。村外れの道を歩いていると、急に前方の草むらからガサガサという音がして、泥だらけの男が現れた。ぼさぼさの髪、傷だらけで泥まみれの鎧、背中にはいかにも立派な剣。見た目はどう見ても冒険者……いや、それ以上の存在感...
ちいさな物語

#358 コンビニ夜勤は満員御礼

「夜勤って静かで楽だよ」バイト初日にそう言い切った先輩の顔を思い出しながら、タケダはため息をついた。現在、午前0時3分。商店街の端っこにある我らがコンビニ「まるまるマート」。世の中のほとんどが寝静まるこの時間、なぜかこの店だけは常連たちのア...
ちいさな物語

353 魔法少女(35)

「もう25年かぁ……」鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差...
SF

#352 忘れられたロボット

宇宙の片隅に、ひっそりと漂う古い宇宙ステーションがあった。そこにはたった1台のロボットが、長い時間をひとりで過ごしていた。ロボットの名はエル。人類が宇宙に進出し始めた頃に作られた、初期型の人工知能搭載ロボットだった。エルには重要な任務があっ...
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#351 記憶のスープ

閉店間際の店に、ずぶ濡れの男が飛び込んできたんだ。ボロボロのスーツなのに妙に穏やかな笑み――あんな客、初めてだったよ。その日は特に客足も少なく、雨も強くなってきたから、早めに店を閉めようと思って、外の看板を片付けようとしたその時だった。ガラ...
ちいさな物語

#349 恋愛マスターの真実

「恋愛ってのはさ、駆け引きがすべてなんだよ」また始まった。友人同士で恋愛話に花を咲かせていると、必ずどこからともなく割り込んでくる男、篠原。自称・恋愛マスターの彼は、毎度のごとく偉そうな口調で恋愛を語り出すのだが、友人の誰もまともに耳を傾け...