俺とマコトは親友だ。
いや、正確には、親友のサブスクで来てくれたのがマコトだった。
月額九千八百円。
高いのか安いのか、最初のころはよくわからなかった。
でも、「よぅ、調子はどうだ?」と肩を叩いてくれる人間がいるだけで、ほっとする。
それに、連絡をくれるのはいつもマコトからだった。誘い下手な俺は、これが一番うれしかった。
「今ひま? 遊び行っていい?」
「メシ食いに行かない?」
都合が合えば応じるし、忙しければ断る。実に都合のいい親友だった。
さらにマコトは話の聞き方がうまかった。
仕事で理不尽な目に遭った話をすると、俺よりも先に怒り出す。こちらが怒りを表明する隙がなくなり、どうでもよくなってしまうくらいだ。
好きなバンドの新譜を流せば、興味がなくても最後まで聴いて感想を教えてくれる。
コンビニの新作スイーツを半分こするときも、俺が大きいほうを取りやすいように、さりげなく向きを変える。
出来すぎている。
親友というより、「親友役」の完成形みたいだった。
本名も、住んでいる場所も知らない。規約に、個人情報の交換は禁止と書いてあったからだ。
サービス外で会うのも禁止。延長はアプリから。感想を送るときは五段階評価。俺は毎回、迷わず星五つを押していた。
親友のおかげで楽しい日々を過ごしていたが、ある日、解約しようと思い至った。
金が厳しかったのもあるが、それ以上に、怖くなったのだ。
俺はマコト自身のことをよく知っているつもりだが、それは彼の演じる「役」であって、本当のことは何ひとつ知らない。
たとえばマコトの好きな食べ物はクレープだ。でも、それが本当に好きなのか、設定上そうなっているだけなのかがわからない。
それに気づいたとき、ひどく虚しい気持ちになった。初めは都合のいい親友の存在がありがたかったが、自分は本当にそんなものを求めていたのだろうか。
解約ボタンを押す前の確認画面に、こんな文が出た。
「契約終了後、関係性の保証はできません」
妙な文だと思った。保証って何だ?
その夜、ポストに白い封筒が入っていた。差出人は、フレンド・ループ運営事務局。親友のサブスクの運営会社だ。封筒には赤字で「利用明細書」と書かれていた。俺は利用明細なんて電子でしか見たことがない。
しかも宛名を見ると、俺の名前ではなかった。
柳木 真琴 様。
真琴……マコト?!
利用者とスタッフを間違えて送ってしまったのだろうか。思わず俺はその場で封を切ってしまった。本当のマコトのことが知りたい。
中には紙が一枚だけ入っていた。
「今月のご利用分
ベーシック親友プラン 一件
月額親友維持オプション 一件
指名継続料 一件」
指名継続の備考欄に小さく対象IDが印字されていた。
それは俺の会員番号だ。しばらく意味がわからなかった。
この明細によれば、マコトが俺を指名して会社に金を払っていることになっている。
どういうことだ?
翌週、いつも通り、マコトは缶コーヒーを二本持ってやって来た。
「よぅ、調子はどうだ?」
俺は黙って封筒をテーブルに置いた。
マコトは一瞬だけ目を伏せ、それから缶を一本、俺の前に滑らせた。
「中、見たのか……」
「見たよ。そして……見ろ。これは俺のだ」
俺は自分の明細書を横に並べた。
マコトも驚いたように目を丸くしている。
「待て。じゃあ、俺たち……」
マコトの言葉にかぶせるように俺は口を開いた。
「お互い、自分が客だと思ってた」
「そんなことがあるか?」
「たぶん、この会社、それを商売にしてるんだ」
要するに双方から金を取って丸儲けというアコギなシステムだ。俺は思わず笑いそうになっていた。まんまと騙されたようなものだ。
腹が立つはずだった。気味が悪いはずだった。だが、それよりも別の疑問が浮かんでいた。
「お前、なんで俺なんかを指名継続してるんだ」
俺が客なら気まぐれに誘いにのったり、のらなかったり、興味のない音楽を押し付けてくる友達なんて真っ平だ。それは俺が自分の方が客だからと思って好き勝手をしていたからなのだが……。
マコトは少し考えてから、肩をすくめた。
「お前、映画を観たあとに黙る時間が長いだろ」
「そうだったか? でもそれが何だよ」
「あれ、楽なんだよ。感想を言えって急かさないし、つまらなかったとも面白かったとも、すぐ決めなくていい。ああいうの、いいなって思ったんだ」
それからマコトは、少し恥ずかしそうに続けた。
「あと、お前は誘っても毎回、オッケーしない。そこもよかった」
「なんだよそれ」
「毎回来てくれると、無理をしてるんじゃないか、嫌々来てるんじゃないかって不安になって誘いにくくなるんだ。俺は結構、繊細なんだよ。だから、お前は理想の親友だったんだ」
その日、俺たちはアプリを開いて、二人とも親友のサブスクを解約した。
画面には同じ文が出た。
「契約終了後、関係性の保証はできません」
保証なんかしてくれなくていい。俺とマコトは顔を見合わせてニヤリと笑った。
翌週の火曜、十九時。
待ち合わせ場所は駅前の古い喫茶店にした。
実は不安だった。あの時の会話もサブスクのサービスの一環として話を合わせてくれていただけで、以降はもうマコトに会えないという可能性もある。
俺が少し早く着くと、店の前にはもうマコトがいた。手には缶コーヒーが二本。
「よぅ、調子はどうだ?」
いつものように肩を叩かれて、俺は思わず吹き出した。
「喫茶店に入るってのに、なんでまた缶コーヒー持ってきたんだよ」
「癖なんだよ。長期契約だったし」
そう言ってマコトは笑った。
その瞬間、俺のスマホが震えた。運営事務局からの自動通知だった。
「当サービスのご利用ありがとうございました。なお、契約を介さず継続したご友人関係については、当社は責任を負いかねますのでご了承ください」
もうお互いサービスで一緒にいるのではない。どちらからともなく、気恥ずかしさを誤魔化すように笑った。
「缶コーヒーは後で飲もうぜ」
「そうだな」
俺たちは肩を組んで喫茶店へ入っていった。


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