漆黒の夜の帳が静かに下りる刻、私はついに長年追い続けた復讐の標的が待つ場所へとたどり着いた。
冷たい風が吹き抜ける荒涼とした古城の最上階、月明かりだけが照らす部屋で、その男は逃げる素振りすら見せず静かに待っていた。
漆黒の重厚な外套を身に纏った大魔道士、ヴァルター。
かつて幼い私に魔法の真理を授け、命の恩人でもあった優しき師匠アルドを裏切り者として、死に追いやった男である。
「ついにここまでたどり着いたか、アルドの愛弟子よ。見違えるほど逞しい顔つきになったな」
ヴァルターの声には私に対する憎しみも恐れもない。
私は指先が白くなるほど強く杖を握り締め、殺意を込めて奴を睨みつける。
「知れたことだ。我が師の命を奪い、その高潔な尊厳を汚した貴様を、この手で地獄の底へ送るために来た」
十年前、王国を揺るがした禁忌の暗黒魔法が発動し、ひとつの街が全滅する惨劇が起きた。
その暗黒魔法の発動は師匠アルドによるものとされた。
確かにそれほどの力を持つ魔道士は多くない。師匠は、それほどの力を持つ数少ない魔道士の一人だった。
しかし、師匠は惨劇の日、私とともに国外に出ていた。これは間違いないことである。
にもかかわらず、彼は弁明の機会すら与えられぬまま処刑されたのだ。
そして、師匠が禁忌を犯したとする偽りの証言をし、裏切りの告発者となった男こそが、今目の前にいる師匠の親友だったヴァルターである。
私はあの日から師への思いを胸に、血のにじむような修行と逃亡生活に耐え、この仇討ちのためだけに魔道を極めてきた。
「死ぬ前に言い残すことはあるか、我が師を血に染めた卑劣な裏切り者め」
私が魔力を高めると、青白い炎が杖の先に灯り、暗闇に包まれた室内を妖しく照らし出す。
しかし、ヴァルターは杖を構えようとせず、静かに胸元から一冊の古びた革張りの手帳を取り出した。
「私の言葉はおまえにとって信じがたいものだろう。だが、何も知らないまま、おまえを師匠の遺志に背かせるのは気の毒だ。私を殺す前にこれを読みなさい」
こちらを慈しむような声色に少し戸惑った。師匠の話し方に似ている。
彼が無造作に投げた手帳は床を滑り、私の足元で静かに止まった。風の魔法だ。その的確さに背筋がひやりとした。
そこに記されていたのは、間違いなく懐かしい師匠の筆跡だった。
震える手でページをめくるたび、私は体がこわばっていくのを感じていた。
それは、あの惨劇の日以降に記された師匠の覚え書きだった。
あの暗黒魔法が発動したことを知った師匠は自身の身が危険であることを即座に察していた。
そして、ヴァルターと連絡をとったことが記されていた。
そして最後にはこう書いてあった。
『王国の陰謀による死を免れる方法はない。弟子の命だけは守らねばならない。ヴァルターにすべてを託す』
そこには師匠の魔法印が鈍い光を発していた。これは魔法の所有者が目印として付ける魔道士特有の方法である。
このように手記に記されていれば、師が実際にこの手帳を手にして文字を記した強い証拠になる。
そして実際に禁忌の暗黒魔法を研究し実験を行ったのは、師ではなく国王直属の最高評議会に所属する魔道士たちだった。
暗黒魔法は失敗して暴走していた。その責任を完全になすりつけるための生贄として、無実の師匠が選ばれたのだった。
「それを信じるか? それとも私の魔法で作った偽物だと思うか? まぁ、どちらでもいい。私はあの日、命を懸けた固い誓いを交わしたのだ。おまえがどう思おうと私には関係がない」
ヴァルターの低く静かな声が、部屋の静寂に響く。
「私が悪名を背負って告発者となった。そして弟子は使いで国外にいたから関係がないと証言したんだ。これもアルドの頼みだった。王宮の秘密捜査班は幼い弟子まで抹殺する計画だったが、私の証言でそれができなくなった」
それは確かにそうかもしれない。私は幼かった。告発者自身が事件と無関係だと証言した子供を殺せば、疑念を抱く国民も多いだろう。
それより都合よく責任をなすりつけられる証言を得たのだから、国はそれで良しとしたのだろう。
「アルドは弟子を守るため、自ら絞首台に立つことを選んだ。――しかし、ただむざむざと殺されたわけではない。私に真相の解明を託したのだよ」
私の頭の中が真っ白になり、握り締めていた杖の先端から青い炎が消えていく。
「そんな……嘘だ!」
叫ぶ私に、ヴァルターは悲しげな笑みを向けた。
「先ほどから言っているが、信じなくともよい。だが私はこの十年間、魔道士連中の中で裏切り者の悪名を背負いながら、陰でただ一人戦い続けてきた」
彼は壁の隠し扉を開き、極秘裏に集められた無数の古い羊皮紙を指し示した。
それらはすべて、最高評議会が犯した大罪を証明するための決定的な証拠書類だった。
「奴らの信用を得て内部から証拠を集めるには、完全なる裏切り者に徹する必要があったのだ。だがそれも今日までのこと。明日、最高裁判所にてすべての証拠を晒し、真の元凶たちに裁きを下す!」
ヴァルターは城に響き渡るほどに声をあげた。その目には私と同じ強い憎しみの炎が燃え盛っていた。
「亡きアルドの濡れ衣を完全に晴らし、その魂を真の意味で救済するために」
膝から崩れ落ちそうになる私の身体を、ヴァルターの手が力強く支えた。
その手の温もりは、師匠にそっくりだった。
「アルドが誇りに思っていた愛弟子よ。もし、おまえが私を信じるなら、力を貸してはくれないか?」
私は溢れ出る涙を拭い、もう一度杖を握り直した。
復讐の炎は行き場を失い、やがて真の裁きを求める静かな闘志へと姿を変えていった。
「……よろこんで、お供します」
それはかつて、師匠に仕事の供を頼まれたときの私の定番の返答だった。
夜明け前の暗闇の中、私たちは王都へと繋がる街道に、共に一歩を踏み出した。


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