じんとくる

ちいさな物語

#236 それっぽいビジネス書の謎

「今の時代、成功したいならまず“言い回し”を身につけろ」それが最初にネットでバズった“それっぽい言葉”だった。出どころは不明。けれど、どこかで見たような内容だった。自己啓発か、ビジネス書か、あるいはどこかのインフルエンサーの切り抜きか。ただ...
ちいさな物語

#233 我は自販機、ここに在り

私は、ここにいる。設置されたのはたぶん、もう何十年かは前になる。地下鉄の三番線ホーム、柱の陰。少し視界が悪いが、それでも人の流れはよく見える。私は——自動販売機。古めかしい外観に、ガタガタと音を立てて働く中身。ジュース、コーヒー、水、たまに...
ちいさな物語

#229 愛なき者

朝、目覚めたとき、部屋の空気が少し違っていた。テレビをつけるとニュースキャスターがにこやかに言っていた。「おはようございます。愛しています」それを受けて、司会者、ゲストらしき人々も次々に「おはようございます。愛しています」、「愛しています」...
ちいさな物語

#225 狐面売りの男

祭りの夜は、人々が浮かれているせいか、普段とは違った空気が漂っている。夏の生温かい風に乗って、屋台から流れてくる甘ったるいベビーカステラの匂いやイカ焼きの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。僕はひとりで、人混みの隙間を縫うように歩いていた。毎年こ...
ちいさな物語

#223 眠れぬ夜の博物館

静かな街に、時計台が十二時の鐘を響かせた。月明かりの下、僕は深呼吸をして、そっと博物館の門を押した。ここは、子供の頃から僕が一番好きな場所だった。昼間は人々で賑わい、笑い声と足音が絶えないが、真夜中には何かが起きるという噂が密かに広まってい...
ちいさな物語

#222 空間のひずみに落ちた人たち

「ここは空間のひずみに落ちた人たちが、とりあえず集まる場所です」目を覚ましたとき、私は灰色の部屋のソファに座っていた。目の前に座る男性が穏やかな口調で告げた。彼は上品なスーツを着て、眼鏡越しの瞳は優しく輝いている。「空間のひずみ……って?」...
SF

#218 新天地の孤独

目覚めた瞬間、僕は凍えるような寒さと眩しい光に包まれていた。意識が少しずつ鮮明になり、ゆっくりと目を開ける。薄暗いキャビンの中、コールドスリープのカプセルが整然と並んでいた。「乗務員ナンバー14、目覚めを確認。おはようございます、アンソニー...
ちいさな物語

#217 夢屋ユメコ

「こちら、お客様の今夜の夢チケットになります」カウンターの奥から女性が差し出してきたのは、淡いピンク色の厚紙だった。“初恋リピート夢:シナリオ型/記憶連動モード/時間:90分” と印字されている。夢を選んで眠る。それは今や、都会で働く人々の...
ちいさな物語

#216 あの角を曲がると、自販機がある

その自販機は、決まって夜中の二時過ぎにしか現れない。駅から少し離れた住宅街の裏路地。昼間に歩いても、そこに自販機などない。ただのブロック塀と、ゴミ集積所と、草の伸びた空き地があるだけだ。だが、ある夜、私は残業帰りにその道を通った。ふと、曲が...
ちいさな物語

#208 約束の庭

午後三時、町外れの公園は、夏の匂いに包まれていた。僕は汗ばむ手のひらでサッカーボールを拾い上げ、適当に芝生に向かって蹴り戻した――つもりだった。乾いた音とともに、ボールは明後日の方向に飛んでゆく。「取ってこいよ!」友達が冗談まじりに叫ぶ。「...