じんとくる

ちいさな物語

#128 手厚い葬儀屋

「あそこの葬儀屋、サポートが異常に厚いらしい」そんな噂を耳にしたのは、病院の帰りの居酒屋だった。退院してから、ここぞとばかりにいろんな知人に連絡をとって遊びまわっている。その知人の一人が酒を片手に話し始めた。「遺族への対応が丁寧なのはもちろ...
ちいさな物語

#127 落ちてきた雲

朝、目を覚ました瞬間、異変に気づいた。カーテンを開けると、目の前の景色に息をのんだ。空はびっくりするほどの快晴で、そこは別にいいのだが、問題は――雲がすべて落ちてきていた。町中が、白くもこもこした塊で埋め尽くされている。電線も信号も、車も家...
ちいさな物語

#126 桜の散る夜

昔々、と言うほどではないが、今よりずっと昔の話だ。ある村のはずれに、大きな桜の木があった。それは見事な一本桜で、春になると村中の者が見に行くほど美しかった。だが、不思議なことに、桜の散る夜にだけ、そこに娘が現れるという噂があった。その娘は、...
ちいさな物語

#112 宙を泳ぐ魚

古びた食堂のカウンターに座り、俺は旬の焼き魚定食を前にした。魚の種類が季節によって変わる人気の定食だ。脂ののった焼き魚が湯気を立て、芳ばしい香りを漂わせている。箸を持ち、ふっくらしたその身をほぐそうとした、その瞬間だった。魚の体が微かに震え...
ちいさな物語

#107 すれ違う女性

毎朝、同じ道で同じ時間に、彼女とすれ違っていた。髪の長い女性で、いつも白いブラウスに黒いスカートを履いている。最初は何とも思わなかったが、何度もすれ違ううちに、彼女の存在が気になり始めた。ある朝、勇気を出して「おはようございます」と声をかけ...
イヤな話

#105 捕食者の微笑み

私がその女を初めて意識したのは、部署内の歓送迎会の席だった。会社でも評判の美人で、常に誰かと笑顔を交わしている。いつも話題の中心にいて、人を気持ちよくさせる言葉選びが得意な彼女。にこやかな唇の端からこぼれ落ちる声は柔らかく、一度聞いたら忘れ...
ちいさな物語

#102 地下墓地のともしび

地下墓地の奥深く、エリアスは静かに暮らしていた。彼は幽霊だったが、生前の記憶はほとんどなく、ただ「優しくありたい」という思いだけが胸に残っていた。墓地には時折、弔いや祈りのために人間が訪れる。エリアスはそんな彼らの肩にそっと手を添えたり、冷...
ちいさな物語

#100 夜の王の花嫁

昔々、ある村にアヤという娘がいた。村には不思議な言い伝えがあった。森の奥で、夜にだけ咲く不思議な花があるという。その花を摘めば、一生幸せになれる。アヤはどうしても、その花を見てみたかった。「夜に森へ行くなんて危ないぞ」兄のヨシロウは止めたが...
ちいさな物語

#091 運河をゆく箱

夜の運河は静かだった。黒々とした水面を切り裂くように、小さな舟がゆっくりと進む。船頭は無言で櫂を操り、客はじっと足元の箱を見つめていた。木箱は膝ほどの高さで、ずっしりと重そうだ。縄で厳重に縛られており、持ち主の男はそれを自分の手で舟へと運び...
ちいさな物語

#083 廃駅の階段

聞いてくれ、俺はただの階段だ。だけど、俺が見た光景を話したら、きっとお前も興味を持つだろう。この廃駅には、いろんな人間が来るんだ。俺はもう使われなくなった駅の階段。錆びた手すりに苔むした段、それが俺の全てだ。何十年も前に列車が通らなくなって...