くすっと笑える

ちいさな物語

#519 隣の鳩

ベランダや手すり、エアコンの室外機、その隅々まで白や灰色の斑点が散らばっている。昨日の夕方に掃除したばかりなのに、もうこんなに汚れている。「チッ……」俺は舌打ちして窓を閉めた。原因はわかっている。隣に住む、あのじじいだ。じじいのベランダには...
ちいさな物語

#518 浮かんだ数字

いや、これは本当にあった話なんだ。冗談に聞こえるかもしれないけれど、今でも思い出すと背筋が冷える。最初にそれに気づいたのは、会社帰りのコンビニ前だった。コンビニから出てくる人の頭の上に、数字が浮かんでいたんだよ。薄く揺れる赤い光の「23」と...
ちいさな物語

#515 佐藤事変

駅前の小さな公園に、佐藤が5人そろったのは偶然だった。正確には、偶然という言葉では足りない。「必然だったけれど、理由は存在しない」という、哲学者なら小躍りしそうな種類の現象だった。最初は、ただ同じ名字の者同士(当人たちはそれを知らない)が、...
ちいさな物語

#511 側溝の住人

最初にそれを見たのは、長雨があがった後の湿気の多い朝だった。通勤前に家の前を掃いていたら、足元の側溝のフタがガタリと動いた。猫でも入り込んだのかと思って覗きこむと、そこから人の頭がぬっと出てきた。「うわっ!」とのけぞった俺に何食わぬ顔で「お...
ちいさな物語

#510 階段に海苔巻き

最初に違和感を覚えたのは、駅の階段の踊り場だった。朝のラッシュ、足元を見たとき、そこに海苔巻きが落ちていた。一本まるまる、きれいにラップで包まれている。誰かが昼食用に持ってきたものを落としたんだろうと思った。しかし、踏まれも汚れもしていない...
ちいさな物語

#500 引っ張る

重いものを引っ張っている夢を、俺は定期的に見ている。季節に関係なく、年に三、四回ほど。体感では汗だくになっているのに、目が覚めると何ともなっていない。ただ不思議と筋肉痛にはなっている。夢の中では、俺はいつもロープを握っている。先は見えない。...
ちいさな物語

#498 天国について

「なあ、俺にとっての天国ってなんだと思う?」朝の喫茶店で、唐突に松田が言った。俺と坂口はコーヒーを飲みかけたまま顔を見合わせた。「いや、知らんけど」「そういうのは自分で考えるもんじゃないの?」松田は深刻な顔でうなずいた。「そうだな。でも俺、...
ちいさな物語

#492 森の熊田さん

ニュースキャスターが真顔で言った。「本日、午後二時ごろ、紳士風の熊が市内を歩いているとの情報が入りました」紳士風の熊。その言葉だけで違和感が爆発する。画面には熊。スーツにネクタイ。手にはブリーフケース。記者が近づく。「お仕事中ですか?」熊は...
SF

#490 冬の花火と宇宙人八割時代

地球がかなり宇宙勢力に負け始めていると気づいたのは、確か三年前の冬頃だったと思う。ニュースで「すでに世界人口の八割が宇宙人でした」と発表されたのがきっかけだ。アナウンサーが笑顔で言っていた。まるで「明日は晴れるでしょう」と同じテンションで。...
ちいさな物語

#489 全力バカ選手権

ことの発端は、昼休みのどうでもいい雑談だった。「人生で一番、くだらないことに本気を出したって経験ある?」営業の中村が唐突にそう言ったのだ。みんなポカンとしていたが、彼は真顔で続けた。「昨日、家のティッシュ箱の残りを何秒で引ききれるか、本気で...