ぞわっとする

ちいさな物語

#298 赤いコートの訪問者

「これ、ほんとに私が体験した話なんですよ。いや、信じてもらえないかもしれませんけどね、あの夜のことは今でも鮮明に覚えてるんです。」その日は夜勤でした。深夜2時を過ぎた頃、ナースステーションの窓をぼんやりと拭きながら外を見下ろしたんです。する...
ちいさな物語

#295 月下のマネキンたち

郊外にあるその廃墟は、かつては賑やかな繁華街の中心にあった百貨店の跡地だった。華やかなネオンと人々の活気が溢れていたはずの建物は、今では朽ち果て、ひっそりとした不気味な沈黙に包まれている。この場所には幾つもの都市伝説があった。その真相を確か...
ちいさな物語

#289 俺は勇者の仲間になりたかった

俺は勇者に憧れていた。子供の頃からのゲームオタクで、勇者たちの冒険物語に夢中。いつか必ず勇者の仲間として魔王を倒す――その夢を叶えるために、俺は可能な限りあらゆる修行を積んだ。そして、交通事故からの異世界転生と、とんとん拍子に話は進む。転生...
ちいさな物語

#284 羅針盤の指す方

あの日、終電を逃してしまい、人気のない路地を歩いていた。街灯は薄暗く、遠くから犬の鳴き声が響くだけだった。そんな中、足元で何かが光った。拾い上げると、それは古いコンパスだった。いや、アンティークのような洒落たデザインでコンパスというよりは羅...
ちいさな物語

#282 増殖するこけし

「これ、もらってくれる?」隣に住むおばあさんがそう言って、僕に一体のこけしを手渡してきた。手のひらサイズの、素朴で、わずかに微笑を浮かべたような顔のこけし。「昔、部屋に置き場所がなくなってしまってねぇ」と、おばあさんはにこやかに言った。僕は...
ちいさな物語

#279 スーパーマーケットの地下

その日、私はいつものように仕事帰りにスーパーに立ち寄った。時計の針は夜九時少し前を指し、閉店間近の合図である「蛍の光」が静かに流れている。慌てて食材を選んでいると、野菜売り場の端に、見慣れない小さな看板が目に入った。『地下フロア行きはこちら...
ちいさな物語

#276 笑う城

深い森の奥、鬱蒼とした樹々の向こうに、古びた城がひっそりと佇んでいる。 その城は数百年前に滅んだ王国の遺物であり、地元の人々からは不吉な噂が絶えなかった。噂の内容はこうだ。城に入った者はみな、不思議な『笑い声』を聞くという。壁が、床が、天井...
ちいさな物語

#247 屋根裏の住人

古い一軒家に引っ越して三か月が経つ。風呂場の換気扇はうるさく、壁は薄く、キッチンの床はぎしぎしと鳴る。だが駅近で家賃も安い。築六十年の割にはお得な物件だと自分に言い聞かせていた。最初に違和感を覚えたのは、夜中の天井の向こうから聞こえる“足音...
ちいさな物語

#244 その箱は開けないで

その朝、家の前に小さな箱が置かれていた。黒いガムテープで封がされ、伝票らしきものは何も貼られていない。手書きの文字で、ただ一言だけが書かれた白い紙が貼られている。「開けないでください」差出人も、宛名も、何もない。だがその文字は、まるで自分に...
ちいさな物語

#241 空蝕

最初にそれが起きたのは、静岡県の浜松市だった。ある晴れた午後、駅前のロータリーで、ひとりの若者がふいに「消えた」。監視カメラの映像には、奇妙な瞬間が記録されていた。若者が歩いていた位置――空間が、まるで破れたように歪み、空間の“色”が変わっ...