ぞわっとする

ちいさな物語

#237 終点の向こう側

最初に気づいたのは、静けさだった。ぬるい泥の底から引き上げられるように、僕は目を覚ます。がらんとした車内、蛍光灯の光はすでに落とされ、窓の外には何も見えない。うっすらとした非常灯だけが、座席の輪郭をぼんやりと照らしている。「……え?」しばら...
ちいさな物語

#220 現代版・稲生物怪録

最初に部屋に現れたのは、髪の毛をだらりと垂らした若い女だった。深夜の一時、男はベッドでスマホの画面を眺めていた。部屋の隅から女が這い出し、ゆっくりと近づいてくる。だが、男はスマホをスクロールしながら、彼女にちらりと目をやっただけで呟いた。「...
ちいさな物語

#214 見える

「ねえ、私、幽霊が見えるんだよ」そう言ったのは、友達の茉莉だった。放課後の教室。西日が斜めに差し込み、机の影が長く床を這っていた。私は茉莉のその言葉に、何も言わずに頷いた。肯定でも、否定でもない、ただの曖昧な反応。「廊下の突き当たり、非常階...
ちいさな物語

#212 四つ足

その道は、職場からアパートへの帰り道にある。駅前の明るい通りを抜け、スーパーの裏手を通り、古びた橋を渡って、神社のわきの細道へ入る。そこからが、例の“暗い道”だ。街灯はある。だが、間隔が空きすぎていて、道の途中からは、闇が勝っている。その闇...
ちいさな物語

#203 コンビニ迷宮

深夜二時、急に甘いものが食べたくなって、近所のコンビニへ向かった。住宅街の端にある、小さな店。通い慣れた場所だった。自動ドアが、いつもの電子音を立てて開く。けれど、妙だった。店員の姿が見当たらない。深夜ならバックヤードにいるかもしれない。こ...
ちいさな物語

#199 赤信号の理由

夜勤明け、午前3時。住宅街を抜ける細い道にある、三叉路の信号。小さな交差点なのに、なぜか夜中でもちゃんと動いている。だが、不思議なことに、そこに差しかかるといつも赤信号なのだ。誰もいない。車も通らない。なのに赤。ひたすら赤。そしてかなりの時...
イヤな話

#196 理想の職場

「ここが、『理想の職場』だよ」そう言われてドアを開けた瞬間、僕は思った。……臭う。いや、においではない、雰囲気が臭う。なんだこれは。「ようこそ新入り!」金髪リーゼントでガムをクチャクチャしながら近寄ってきたのは、田中課長だ。初対面で肩パンさ...
ちいさな物語

#191 呪いのラリー

最近、どうも体調が悪い。夜眠れず、食欲もない。朝起きると必ず部屋に長い髪の毛が散らばっている。自分の髪ではない。職場でそのことを話すと、後輩が冗談交じりの口調で「それ、呪われてるじゃないですか?」と言いだした。そんな非現実的なことは信じてい...
ちいさな物語

#190 掛け軸の中から

祖父が亡くなり、古い家を整理していると一幅の掛け軸が出てきた。
墨で描かれた山水画。穏やかな山々と静かな川の流れが広がり、遠くには霞がかかっている。なかなか見事で美しい軸だった。しかし、その掛け軸を掛けて以来、夜になるとどこからか水の音が聞...
ちいさな物語

#173 後ろ向きの写真

全員が背を向けて写る、古い家族写真。「この中の一人と目が合ったら死ぬ」——祖母はそう言い遺していた。