ぞわっとする

ちいさな物語

#521 山賊と肩甲骨と納豆

あの日、山に入ったのはほんの気まぐれだった。ちょっと散歩、くらいのものだ。秋の終わりで、木々は赤く、風がやけに澄んでいた。弁当の包みには、祖母が持たせてくれた小さな納豆の包みが入っていた。「山で食う納豆はうまいぞ」と祖母は笑っていた。とりあ...
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#518 浮かんだ数字

いや、これは本当にあった話なんだ。冗談に聞こえるかもしれないけれど、今でも思い出すと背筋が冷える。最初にそれに気づいたのは、会社帰りのコンビニ前だった。コンビニから出てくる人の頭の上に、数字が浮かんでいたんだよ。薄く揺れる赤い光の「23」と...
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#517 黄金の配合

古い家を相続したのは三か月前だった。祖母の家で、子供のころに何度も遊びに来ていたはずなのに、妙に記憶と違っていた。思っていたより大きくない。天井が低い。台所の窓から見える庭も小さく見えた。要するに自分の体の方が大きくなったのだ。祖母とは電話...
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#513 深夜二時の動画

夜中の二時、眠れなくて動画サイトをだらだら眺めていたんだ。その時、妙に古びたサムネイルが目に入った。「絶対に見てはいけない映像」こういう大袈裟なのは大抵釣りだろうって、軽い気持ちで再生したんだよ。映像は暗く、ノイズだらけだった。廃屋みたいな...
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#510 階段に海苔巻き

最初に違和感を覚えたのは、駅の階段の踊り場だった。朝のラッシュ、足元を見たとき、そこに海苔巻きが落ちていた。一本まるまる、きれいにラップで包まれている。誰かが昼食用に持ってきたものを落としたんだろうと思った。しかし、踏まれも汚れもしていない...
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#507 伝説の剣、しゃべります

あの日、俺は確かに死んだはずだった。それなのに――気がついたら、俺は鉄の塊になって地面に突き刺さっていた。そう。俺は一本の剣になっていた。青白く光る刃。やけにいわくありげな装飾。「おい、誰かいるか?」反射的に声を出したら、近くにいた若者が腰...
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#506 眠れない羊の夜

その話を誰にしても、みんな笑って信じちゃくれないんだ。でも俺にとっては、あれは確かに起きたことなんだよ。最初の夜は、ただ眠れなかっただけだった。蒸し暑くて、枕の中までじっとりしててな。寝返りばかり打ってるうちに、気づいたら真夜中になってた。...
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#501 街路樹の下

うちの近くの通りに、一本だけ妙な街路樹がある。並木道の中で、そこだけ異様に草が生い茂っていた。夏でも冬でも、いつもあの一角だけ、濃い緑色をしている。最初に気づいたのは、去年の秋だった。通勤の帰り道、街灯の下で足元の草がふっと動いた。風なんて...
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#496 灰の夜

あれは、北の街道を歩いていたときのことだった。霧が濃く、馬の蹄の音が霞の中に吸い込まれていくような夜だった。宿を探しているうちに道を外れ、気づけば森の中にいた。ふと視界の奥に明かりが見えた。揺らめく何かの光。あんなところに何かあっただろうか...
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#495 ホワイト企業に囚われて

父の借金のかたに連れていかれたのは、雨の夜のことだった。黒いスーツの男たちが玄関を叩く。怯える私の手を強引に引き、「お嬢さん、こちらへ」と有無を言わせぬ口調で口調で言った。そのとき父は居間の隅で震えていた。「すまない……お前まで巻き込むなん...