じんとくる

ちいさな物語

#312 空のリモコン

その朝、窓の外には青空が広がっていた。夜の間に雨が降っていたはずだが、地面は乾ききっていて、木々の葉もさらさらと風に鳴っている。広瀬尚人は、いつもより軽い足取りで階段を降り、テレビのリモコンを手に取った――が、実はそれはテレビのリモコンでは...
ちいさな物語

#309 鐘のない鐘楼

昔々、とある小さな村に、一つの大きな時計塔があった。村のどこからでも見えるその塔は、長い年月を刻み続け、村人たちの生活を支えていた。だが、この時計塔には奇妙な噂があった。「どれだけ階段を登っても、鐘楼にはたどり着けない」村人たちは子供の頃か...
ちいさな物語

#305 視えぬ男

霊能者・桐山一郎はその名を全国に轟かせていた。迷える人々に救いの言葉を与え、霊を視る能力を持つと言われていた。予約は数年先までいっぱいになり、それでも相談したいという者が後を絶たなかった。「あなたの背後に憑いている女性の霊ですね。彼女は寂し...
ちいさな物語

#304 地底湖の夢

きみは、地底湖って聞いたことあるかい?いや、ただの地下水や洞窟の湖じゃないんだ。本当に「誰も知らない地底の湖」の話さ。これは、ずいぶん昔、ぼくの伯父が地下鉄工事の現場で体験した出来事なんだ。もう時効だろうって話してくれた。そのころ、都会の真...
ちいさな物語

#303 姫、魔王城に留学する

「魔王様、私、ここで勉強したいんです」魔王城の玉座の間で、姫はにこやかな表情で魔王に入学願書を差し出した。「勉強だと? ここは学び舎ではないぞ」魔王は困惑して角の生えた頭を掻いた。そもそも姫は人質として攫ってきた存在である。泣いて救出を待つ...
ちいさな物語

#291 小さな木こりと白い狼

むかしむかし、ある深い山奥の村に、力のない小さな木こりがおったんじゃ。名前を吾作というてな、村で一番ちっこい身体じゃったが、働き者で心根の優しい男じゃった。ある日、吾作が山で道に迷ってしまったんじゃ。日も暮れかけ、途方に暮れておったところ、...
ちいさな物語

#285 その花はなぜ名を呼ぶのか

「人間の名前を呼ぶんだってよ、その花」古びた山小屋でそう言ったのは、古くから馴染みのある植物学者の楠木だった。彼は湯気の立つマグカップを手に、どこか遠くを見るような目をしていた。「咲いたら最後、呼ばれる」場所は、東北の山奥にある無名の谷。地...
ちいさな物語

#284 羅針盤の指す方

あの日、終電を逃してしまい、人気のない路地を歩いていた。街灯は薄暗く、遠くから犬の鳴き声が響くだけだった。そんな中、足元で何かが光った。拾い上げると、それは古いコンパスだった。いや、アンティークのような洒落たデザインでコンパスというよりは羅...
ちいさな物語

#283 笑いの通り魔

「あの『笑いの通り魔』って、実は幽霊らしいよ」そんな話を聞いたのは数日前、会社帰りの居酒屋だった。街で噂の『笑いの通り魔』とは、夜道を一人で歩いていると、突然現れてジョークを叫び、人を笑わせて去っていくという謎の存在らしい。物騒な話ならごめ...
ちいさな物語

#280 冷蔵庫の中の今日も談論風発

夜、冷蔵庫を開けると中から声がした。「議長、そろそろ本日の討議を始めませんか?」私は一瞬、ドアを閉めて深呼吸し、再び冷蔵庫を開けた。牛乳パックの隣で、タマゴパックがカタカタ震えている。「時間です、議長!」議長? 誰だよ。首を伸ばして冷蔵庫を...