じんとくる

ちいさな物語

#372 異国のコイン

朝の通勤途中、電車の座席に腰を下ろしたとき、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れたのは、冷たく硬い金属の感触だった。取り出してみると、それは見たこともないコインだった。大きさは百円玉ほどだが、妙にずっしりしている。片面には王...
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#371 親切の記憶

すべては仕事帰りの夜だった。今日は妙に体が重かった。コンビニでビールでも買って帰ろうか――そう考えながら、駅から家までの道を歩く。湿った夜風が頬にまとわりつき、足取りは自然と遅くなっていた。そのとき、通りの向こうで何かが動いた。薄暗い街灯の...
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#367 バナナに話しかけられた夜

これは冗談でも何でもなくて、本当にあった話なんだよ。信じる信じないは別として、とりあえず聞いてほしい。昔から、夜になるとなんとなくダイニングテーブルを眺める癖があってね。母親がいつもテーブルの上に果物かごを置いていたから、それがいつの間にか...
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#366 サレムの市の砂時計師

あれはもう何年も前の話になるけど、今でも時々ふと思い出すことがあるんだ。ちょっと不思議な話で、信じてくれるかどうか分からないけどさ。俺が旅をしていた頃のことだ。あの頃は、あてもなく旅をするのが好きでね、
知らない街を訪ねては、数日間過ごして...
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#360 泥だらけの勇者

それは雨上がりの午後のことだった。村外れの道を歩いていると、急に前方の草むらからガサガサという音がして、泥だらけの男が現れた。ぼさぼさの髪、傷だらけで泥まみれの鎧、背中にはいかにも立派な剣。見た目はどう見ても冒険者……いや、それ以上の存在感...
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#359 夜店の闘魚

夏祭りの金魚すくいは、いつもと変わらない賑やかな光景だった。ちょうちんの淡い明かりが照らす水槽には、赤や黒、オレンジや白の金魚たちがゆらゆら泳いでいる。子どもたちは夢中になってポイを水中に差し込み、慎重に金魚をすくっては歓声を上げた。だが、...
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#356 午前二時の巨人

それは、いつから現れるようになったのかはっきりしない。午前二時を過ぎたころ、住宅街の細い路地を「何か」がゆっくり歩いていくという噂。誰もが口をつぐむその存在を、僕は“片目の巨人”と呼んでいる。身長は三メートルを優に超え、背中をかがめても街灯...
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353 魔法少女(35)

「もう25年かぁ……」鏡の前でぼんやりと呟きながら、私はふと自分の顔を見た。10歳で魔法少女としてデビューして以来、悪の組織から地球を守るために必死に戦い続けてきたけど、気がつけば35歳。「少女」という言葉に明らかに無理を感じられる年齢に差...
SF

#352 忘れられたロボット

宇宙の片隅に、ひっそりと漂う古い宇宙ステーションがあった。そこにはたった1台のロボットが、長い時間をひとりで過ごしていた。ロボットの名はエル。人類が宇宙に進出し始めた頃に作られた、初期型の人工知能搭載ロボットだった。エルには重要な任務があっ...
SF

#348 不幸を願う幸福の手紙

その奇妙な「不幸の手紙」は、ある朝、突然僕のスマホに届いた。送り主の名前はない。ただシンプルなメッセージが表示されているだけだった。『この手紙を7人に送らないと、あなたに小さな不幸が訪れます』僕は鼻で笑った。こんな時代に不幸の手紙なんて、古...