ぞわっとする

ちいさな物語

#576 雨を飼う

そのペットショップは、路地裏に隠れるように存在していた。看板には「気象標本・動植物取扱店」と掠れた文字で書かれている。気象標本とはなんだろう……私は興味本位で店内に足を踏み入れた。気象標本の例として店主の老婆から手渡されたのは、青白く光る小...
イヤな話

#575 いいわけ屋

都会の喧騒から取り残されたような、湿った路地裏の奥、古いコインランドリーと、看板の消えかかったスナックに挟まれた場所に、その店はあった。錆びついた鉄の扉には、控えめな手書きのプレートが下がっている。「いいわけ ご調整いたします」佐藤は、震え...
ちいさな物語

#574 釣れるもの

買い物の帰りに、私は町はずれのため池でしゃがみこんでいる子供たちを見つけた。細い竹の枝に糸を結び、先にはおそらくスルメでもつけているのだろう。懐かしい。ザリガニ釣りに違いない。けれど、いちばん端の男の子が引き上げたものを見て、私は足を止めた...
ちいさな物語

#571 榊原さんへの伝言

その日のオフィスは、まるで戦場だった。鳴り止まない電話、飛び交う怒号、そしてなぜか誰かが持ち込んだであろう「たこ焼き」のソースの香りが充満し、脳が正常な判断を放棄し始めていた。私、佐藤は、締め切り直前の資料作成に追われながら、営業部のエース...
ちいさな物語

#569 エキストラ・ブルーの街角

大学卒業を控え、入社式までの空白期間は、恐ろしいほどに平坦だった。友人たちは卒業旅行だ、最後の合コンだと騒いでいたが、俺の手元には使い道のない時間だけが、澱(おり)のように溜まっていた。あまりの暇さに耐えかねて、地元の友人である佐藤に連絡を...
ちいさな物語

#567 会議室の完璧な存在

その機械が一般企業の会議室に普及して以来、ビジネスマンの仕事への姿勢は頭上のホログラムによって丸わかりになってしまった。SG(スリープ・ゲージ)――脳波から睡眠欲求を読み取り、ゼロから100までの数値で可視化する装置。それは、個人の体調管理...
ちいさな物語

#565 名探偵アリスの微笑み

霧が深く立ち込める古い洋館の広間で、一人の少女が優雅にティーカップを傾けていた。彼女の名は結城アリス。この界隈では「歩く芸術品」とまで称される美少女探偵だ。ウェーブがかった長い黒髪に、陶器のような白い肌。そして、すべてを見透かすような深い瑠...
ちいさな物語

#564 ダンスタウンダンス

最初は「新手のフラッシュモブか?」って思ったんだよ。月曜の朝、駅前。全員がスマホを見ながら歩く、いつもの朝だと思っていた。そこへ突然、パン屋の店員がトングを持ったまま、ヒップホップのステップを刻み始めた。トングをカチカチと鳴らしながら、腰を...
ちいさな物語

#562 まずは気軽な散歩から

運動不足を解消しようと思って、僕はスマホに散歩アプリを入れた。歩数を数えて、歩いた距離でレベルが上がり、バッジがもらえる。ただそれだけの、よくある健康系アプリだ。最初の数日は楽しかった。近所の川沿いを歩くと「散歩レベル2」「健康に一歩近づき...
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#561 失恋保険

二十五歳の会社員、佐藤健斗は、公園のベンチで隣に座る同僚の美咲を見つめていた。三年間、ずっと胸に秘めてきた想い。今日こそはそれを言葉にするつもりだった。喉の奥がカラカラに渇き、心臓の音が耳元まで響いている。「あの、美咲さん。ずっと言いたかっ...