ぞわっとする

ちいさな物語

#560 夢の税務署からの呼び出し

最初の呼び出しは、寝落ちしたソファの上だった。目を閉じたはずなのに、俺は蛍光灯の白い光の下に立っている。床は灰色のタイルで、空気は書類と鉛筆の匂いがしていた。正面の看板に、でかでかと「夢税務署」とある。「え?」と声が漏れた。受付の窓口には、...
ちいさな物語

#555 ヴィンテージ

ねえ、君は「物に魂が宿る」なんて話、信じるかな?付喪神なんて言葉もあるけれど、あんなおどろおどろしいものじゃない。もっとずっと、静かで、温かくて、それでいて少しだけ切ない……そんな不思議な出来事に、僕は出会ってしまったんだ。場所は、街外れに...
ちいさな物語

#554 使い魔たち

自分が不思議な力を持っていることに気づいたのは子供のころのことでした。ある日、遊びのつもりでふと「ついてこい」とつぶやいたら、放し飼いにされていた犬がしっぽを振って僕の後をついてきたんです。田舎でしたからね、その辺に犬がいたんですよ。まあ、...
ちいさな物語

#552 吠えられる理由

隣の家の犬は、俺を見ると必ず吠える。朝でも、夜でも、距離があっても関係ない。門の前を通るだけで、低く、しかし確信に満ちた声で吠える。他の人にはそうでもない。子どもには尻尾を振り、配達員には警戒の目を向けつつ黙っている。俺にだけ明確な敵意を向...
ちいさな物語

#548 闇の中の声

今日は少しだけ残業かなと思ったとき、地震が来た。初めはすぐ収まると思った。――が、その瞬間、ビル全体が獣のような音を立ててうねりだす。照明が一斉に消え、非常灯すら見えない。気がつくと辺りは真っ暗だった。闇は、思っていたよりも濃い。自分の手を...
ちいさな物語

#546 非常階段と住民たち

地震が来たのは、夜の十時を少し回った頃だった。遅くなのにエレベーターには数人が乗り合わせていた。最初は、いつもの小さな揺れだと思った。日本は地震が多い。だが、揺れが不穏に続く。「これは大きいぞ」と、誰かがつぶやいたとき、エレベーターが停止し...
ちいさな物語

#542 琥珀色の帰郷

その村の名を、仮に「K郷」と呼ぶことにする。民俗学のフィールドワークとして訪れたその場所は、地図の上では等高線が重なり合うだけの、深い皺のような山間に隠れていた。バスは一日に二本、携帯電話の電波は村の入り口にある大きな杉の木の下でしか拾えな...
ちいさな物語

#540 駅前でもらった飴の話

朝、駅前でおじさんが立っていた。背中に「飴係」と書かれたゼッケンをつけていた。「おはよう。飴いる?」差し出された手のひらの上には、緑色の包み紙のありふれた飴玉。だが、妙に気になった。「……なんの飴ですか?」「秘密だ」あやしい。そして意味がわ...
SF

#539 この星は悪くない

あれは確か、夜風がやけに冷たく感じられる晩だった。仕事帰り、私は河川敷に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。特別な理由はない。ただ、星を見ていると、今日一日の出来事がすべて収まっていくような感じがして落ちつくからだ。そのときだった。空の...
イヤな話

#537 幸福の抜け殻

隣の芝生は青い、という言葉がある。だが、私の家の隣にある芝生は、青いどころか発光しているんじゃないかと思うほどに眩しかった。数年前に越してきた工藤家のことだ。旦那さんは大手商社勤務で、毎朝爽やかな笑顔でジョギングを欠かさない。奥さんは料理上...