寝る前に

ちいさな物語

#300 百年茶のひととき

古びた骨董店で、趣深い茶器を見つけた。棗(なつめ)、いや、茶入れと呼ぶのか。持ち上げてみると中身が入っているような様子だった。「これ、中はどうなっているんですか?」店主はかなり高齢で、茶器を見ると不思議なものを見るように目を丸くした。「おや...
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#299 色のある場所

そのチラシを最初に見たのは駅前だった。何気なく拾ったそれが、まさかこんなことになるなんて、あのときの自分は思いもしなかったんだ。拾い上げてみると、「あなたの求める答えがここにあります」という一文と、下部に手書きで書かれた住所だけ。それ以外の...
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#292 始祖鳥の夜間飛行

それは、ひっそりと静まり返った夜の博物館で起きた。展示室の奥、始祖鳥の骨格標本が眠るガラスケースの前を、夜警の坂本は巡回していた。ほんの僅かな違和感――空気の流れがわずかに変わったかのような感覚が、彼の足を止めさせた。懐中電灯の光を向けると...
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#291 小さな木こりと白い狼

むかしむかし、ある深い山奥の村に、力のない小さな木こりがおったんじゃ。名前を吾作というてな、村で一番ちっこい身体じゃったが、働き者で心根の優しい男じゃった。ある日、吾作が山で道に迷ってしまったんじゃ。日も暮れかけ、途方に暮れておったところ、...
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#290 繰り返される日常アニメからの脱出

目覚めて時計を見ると、毎朝決まって午前7時30分。
窓の外では必ず同じ小鳥がさえずり、同じ車が家の前を通る。「あれ、今日も昨日と同じだな」最初はそんなもんかと思っていた。しかし、何日経っても何も変わらない。学校に通い、同じ友達と話し、同じよ...
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#286 保留音の向こう側

「少々お待ちください」取引先の受付の女性にそう言われ、俺は電話の受話器を肩に挟んだまま、机の上の資料をめくっていた。特別なことではない。電話越しには、よくある電子音のメロディが流れている。月曜の午後、少し眠い頭で、ついBGMのように流してい...
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#285 その花はなぜ名を呼ぶのか

「人間の名前を呼ぶんだってよ、その花」古びた山小屋でそう言ったのは、古くから馴染みのある植物学者の楠木だった。彼は湯気の立つマグカップを手に、どこか遠くを見るような目をしていた。「咲いたら最後、呼ばれる」場所は、東北の山奥にある無名の谷。地...
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#283 笑いの通り魔

「あの『笑いの通り魔』って、実は幽霊らしいよ」そんな話を聞いたのは数日前、会社帰りの居酒屋だった。街で噂の『笑いの通り魔』とは、夜道を一人で歩いていると、突然現れてジョークを叫び、人を笑わせて去っていくという謎の存在らしい。物騒な話ならごめ...
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#280 冷蔵庫の中の今日も談論風発

夜、冷蔵庫を開けると中から声がした。「議長、そろそろ本日の討議を始めませんか?」私は一瞬、ドアを閉めて深呼吸し、再び冷蔵庫を開けた。牛乳パックの隣で、タマゴパックがカタカタ震えている。「時間です、議長!」議長? 誰だよ。首を伸ばして冷蔵庫を...
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#275 側溝の小人

通学路の途中で、ふと小さな声を耳にした気がして立ち止まった。「あの……ちょっと、助けていただけませんか?」周囲を見回したが誰もいない。気のせいかと思いかけたが、再びか細い声が聞こえた。「ここですよ、ここ!」声は僕の足元から聞こえていた。側溝...