すきま時間に

ちいさな物語

#372 異国のコイン

朝の通勤途中、電車の座席に腰を下ろしたとき、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れたのは、冷たく硬い金属の感触だった。取り出してみると、それは見たこともないコインだった。大きさは百円玉ほどだが、妙にずっしりしている。片面には王...
ちいさな物語

#370 台所にいるもの

ちょっと……なんというか、地味な話なんだけど、それでもいいかな。あれは、去年の夏の終わりだったと思う。夜中に喉が渇いて、私は水を飲みに台所へ降りた。家の中は蒸し暑く、外の虫の声が障子越しに響いていた。台所の電気はつけなかった。月明かりが窓か...
ちいさな物語

#365 バグに気づくな

大学を出て、久しぶりに地元に戻ったのは夏祭りが近い頃だった。懐かしい町並みに、見慣れないカフェだけがひときわ目立っていた。ふと立ち寄ったその店で、俺は信じられない光景を目にした。カウンターでアイスコーヒーを注文しているのは、高校時代に交通事...
ちいさな物語

#363 朝活のテーマ

朝5時、都内のとあるカフェ――。夜明け前の静寂を破るべく、今日も「意識高すぎるサラリーマン」たちがぞろぞろとやって来る。スーツ、MacBook、論文プリント、手描き図解、タブレット端末、プロテインのボトル。「おはようございます、今日も『朝』...
ちいさな物語

#361 お揃いですね

電車の中で、隣に座った女性が俺と同じスマホケースを使っていることに気づいた。(まあ、よくあるデザインだし、偶然か)そう思いながらスマホをいじっていると、その女性がチラリとこちらを見て微笑んだ。「お揃いですね」なんとなく気恥ずかしくなり、「そ...
ちいさな物語

#357 ベルトコンベアーのむこう

カシャン、カシャン――鉄と油の匂いに満ちた空間で、単調な音が絶え間なく続いていた。僕の仕事は単純だ。ベルトコンベアーに乗って流れてくる部品に、指定された部品を取り付けるだけ。スパナを握り、ボルトを締め、電動ドライバーでネジを打つ。流れ作業。...
SF

#352 忘れられたロボット

宇宙の片隅に、ひっそりと漂う古い宇宙ステーションがあった。そこにはたった1台のロボットが、長い時間をひとりで過ごしていた。ロボットの名はエル。人類が宇宙に進出し始めた頃に作られた、初期型の人工知能搭載ロボットだった。エルには重要な任務があっ...
ちいさな物語

#340 正しい歴史

「じゃあ、このページを開いて。今日は江戸時代の終わりから明治時代の始まりについて勉強するぞ」歴史の授業。いつもと変わらぬ風景のはずだった。俺は教科書を開き、指定されたページを見た。——そこで、目が止まった。『江戸幕府は宇宙進出を試みたが、技...
SF

#334 漫才宇宙船、銀河をゆく

「おいルミナ、宇宙船の操縦AIがこんなにしゃべるの、おかしくないか?」キャプテンの軽口に、AIのルミナがすかさず応じる。「キャプテン、それは私が言いたいセリフですよ。ちゃんと働いてます?」船内に笑いが広がる。宇宙船『スターバースト号』は、キ...
ちいさな物語

#330 迷宮のうた

目を開けると、石の天井があった。ひんやりとした空気と、かすかに漂う鉄と苔の匂い。私は、なぜここにいるのかも思い出せないまま、立ち上がった。四方を囲むのは、重厚な石の壁。奥へと続く一本の通路があり、私は迷うことなくそこを歩き出した。歩き続ける...